星の在処とベルスーズ

FGOベディぐだ

 すっかり日の暮れた路地を共に歩く。立香は半歩前を行き、ベディヴィエールは歩調を緩やかにしてそれに付き従う。それがカルデアで共に過ごしてきた二人の姿であった。違っているのは、歩いている場所が平穏に満ちた都市であること、二人の服装がそれに合わせた現代の洋服であるということだけだ。夜の住宅街に人の姿はあまりなく、点々と灯された街灯だけが道行く者を見守るように青白い光を注いでいる。
 目的地は近くにあるショッピングモールだ。最近にできたものらしく、立香もその詳細はよく知らない。電車の中に広告が掲示されていたあたり、それなりに賑わいを見せているようである。程なくして見え始めた大きな建物を目指して進んでいくと、いつもそうであったようにベディヴィエールは粛々と立香の後ろに続く。
 自分達の関係は、一体何なのだろう。ふと考える。マスターとサーヴァントという契約関係については、立香のマスター権限が認められなくなった今となっては存在しないと言える。召喚者である立香との繋がり自体はあるものの、それは状態を表しただけのものであり、関係性ではない。自分はベディヴィエールとどうなりたいのだろう。ここまでベディヴィエールを連れて来ておきながら、立香は初めてその疑問に思い至った。勿論何の考えもなしにこの選択をしている訳ではなく、そこに付随する意味と目的は存在している。しかし、その目的こそ全てで、立香はそれ以外の何もかもを考えていなかったのである。
 ちらりとベディヴィエールを盗み見るつもりが、まっすぐにその視線とかち合ってしまった。どうかされましたか? とでも言うようにベディヴィエールは小さく首を傾げながらこちらを伺っている。気恥ずかしさに頬が熱を帯びていくのを感じつつ、立香は前を歩いていた足を止めた。それに従って、ベディヴィエールの動きも止まる。振り返ると、開いた距離はきっちりと半歩分。それを埋めて、立香は告げた。
「今日からは後ろじゃなくて隣を歩こう」
「は、はぁ……」
 今まで当たり前であったことを覆され、ベディヴィエールは目を丸めて不思議そうな顔をている。疑問符がありありと浮かんではいるが、立香の意思を汲んでくれるらしい。再び歩き出すと、ベディヴィエールはぴたりと隣を歩いてくれていた。今日は彼を困惑させてばかりであるが、立香とてこの行為に明確な理由がある訳ではないのだ。ただ、そうしたかった。それだけの思いでしかない。主従の証である半歩の距離を捨て、何が変わるということでもない。隣にある横顔をひっそりと見上げれば、縮まった距離が理由もなく仄かな嬉しさを芽吹かせる。手を繋ぐことは、流石に恥ずかしくてできなかった。
 ショッピングモールへと到着し、飲食店フロアを見て回る。フードコートには有名なチェーン店やファストフード店が並んでおり、少し外れると独立した店舗が様々に軒を連ねている。ひとまず店舗一覧の掲示を物色し、有機野菜を主に据えていることを謳った店へ入店することを決める。そういったものに特段こだわりがあるわけではないのだが、ベディヴィエールが蒸した野菜を好きだと言っていたことを思い出したからだった。
「では私は食事が終わるまでお待ちしておりますので、ゆっくりとお寛ぎください」
 当然のように辞そうとするベディヴィエールを引き止めると、やはり彼は少し驚きつつこちらを見るのだ。その様子に、カルデアで食事を共にしてくれていたのは彼の気遣いによるものであったのだと改めて思い知る。今度は立香が、ベディヴィエールを食卓に誘う番だ。
「一緒に食べよう、私がそうしたいの」
 自らの希望であるという旨を告げれば、ベディヴィエールが断らないことを立香は知っていた。彼の行動理念は基本的に主を、他者を思うものである。半ば命令のような形になってしまうことは不本意ではあるが、彼を納得させることができる最適な手段であるので仕方がない。それに、立香はベディヴィエールを食事を共にしたいと本心から思っているので、間違ったことは言っていないのだ。
 普段は騎士然とした落ち着いた振る舞いであるのに、言葉一つで表情がくるくると変わる様は幼子のようで少し微笑ましい。戸惑いを隠しきれない様子で頷くと、ベディヴィエールは立香に促されるままに店の戸を潜る。店員の案内に従い、向かい合って席に着き、立香は手渡されたメニューを捲って注文内容を吟味する。同じようにメニューを眺めるベディヴィエールの表情は幾分か硬く、困惑に満ちているであろう彼の胸中を思って立香は小さく笑みを零した。
「私はこれにするけど、ベディはどうする?」
「ええと……では、同じものを」
 メニューの内容などろくに頭に入っていないのだろう。咄嗟に返された一言に頷くと、立香は手早く店員を呼び止めて注文を済ませてしまう。店員が去った後、沈黙が横たわる前に立香はベディヴィエールがずっと気になっているであろう内容を切り出した。
「今日はずっとベディを困らせてばかりだね」
 そう告げると、ベディヴィエールは慌てたように否定の言葉を口にする。眉を下げ、翡翠の瞳を遠慮がちに伏せると、彼は述懐を始めた。
「困っているという訳ではないのですが、その……こちらに来てからずっとサーヴァントらしからぬ扱いを受けており、少し困惑はしています」
 服や部屋を与えられ、食事を共にする。それらはサーヴァントにとって不要なものである。まるで人間のように扱われることが、彼には解せないのだろう。それを説明するのは、立香にとっても少し難しいことである。尤もらしい理由など、彼女の中にもないのだから。
「ふふ、理由らしい理由なんてないんだ。私がベディヴィエールとそうしたかった。嫌じゃなければ、付き合ってくれると嬉しいな」
「嫌だなどとんでもない! 私でよければ、喜んで」
 最初は身を乗り出さんばかりに勢い込んで、やがて穏やかに相好を崩しながらベディヴィエールは答えた。立香の行動の意図を理解し、そして受け入れたのだろう。サーヴァントとして現界しうる残されたその時間を、このように使うのも悪くはないと思ってくれたのかもしれない。配膳された料理を口に運びながら、立香はやはりベディヴィエールの食事風景は美しいと実感するのだった。