星の在処とベルスーズ

FGOベディぐだ

 ──ベディヴィエールという人物を知っているかい?
『ああ、アーサー王伝説に出てくる円卓の騎士だろう』
『三回目の命で聖剣エクスカリバーを湖に返還したっていう』
『アガートラム? 何だいそれは?』
 アーサー王の物語から、遥か遠い未来。その物語は人々によって語り継がれ、今日まで伝えられてきた。ブリテンの地は時代と共に何かを失い、何かを得ては変化し続け、名を変えてその景色もすっかりと様変わりしていた。街では舗装された道の上を自動車やバスが走り、そこに混じって数多の人々が忙しなく行き交っている。
 深い紺色のスーツを身に纏った男性が、腕時計に視線を落としながら颯爽と歩いていき、カフェのテラス席では、広げられたパラソルの下で老紳士が推理小説のページを食い入るように捲っている。歩道を行く女はプラチナブロンドの髪をかき上げながら、待ち合わせ場所へもうすぐ着くという電話をしており、路傍では異国の少女がありもしない伝承を高らかに歌っている。
 彼らが知っているベディヴィエール像は、先程述べられたものであるのだろう。アーサー王の命を守り、湖の貴婦人にエクスカリバーを返還し、王の最期を看取った人物であると。それが世界に伝わる円卓の騎士・ベディヴィエール卿の逸話であるからだ。
 王の命に背き、三度目すらも躊躇ってしまった彼は存在しない。世に伝わる伝説は聖剣を返還した結末で終わっており、罪の証である返せなかった聖剣を手に贖罪の旅を続けてきた彼を誰も知らない。それは『アーサー王伝説の中を生きていたベディヴィエール』ではないからだ。
 それは、あるはずのない存在だ。世界に認められず、歴史の積層の一部になることも適わないもの。だが、それは世界の中で確かに存在していた。
 彼が犯した罪を知っている。そうして長きに亘る時を歩き続けたことを、その忠義を以て今度こそ剣を返し、微笑みながら自らの終わりを迎えた男を。そうして得たただ一度の機会すら、忠誠と報恩に捧げた英霊ベディヴィエールを知る者がいる。
 存在しない結末から生まれた、泡沫の夢。それ故認められず、許されることもなく世界から欠落していくだけのものであったが、それは確かに存在していた。少女の胸に消えない爪痕を残して、確かに。


 ──それは、イフを生きた『ただひとりの人間』の物語。