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根島史周の追慕エンド軸
「犯人の消息が掴めました! ヒハクの倉庫に潜伏していたようです!」
突如として飛び込んできたその報に、襟尾は動じることなく上衣を羽織り、ホルスターに刺した拳銃を確認する。確かな重みがそこにあった。
「俺が出ます」
襟尾が『アシ』絡みの案件を追い続けていることは、誰もが知る事実であった。それは本庁最大の汚点、負の遺産たるこの案件に関わろうとする人間がいないからでもあり、皆が触れることを避けている警察界の禁忌の一つだ。
誰もが煙たがり、触れようとしない案件を襟尾が追い続けている理由はただ一つ。それが彼の人生に於いて最も深い後悔であるからだ。
憧れであったあの人を翳らせた。名誉を傷付け、家族を奪い、居場所を奪った。あの日起きた出来事は、あの人のせいではないのに。俺が半端な覚悟で銃を手にしたからなのに。あの人は全てを背負い、ひっそりと姿を消したのだ。
こんなことをしてもあの人はもう戻って来ないとは分かっている。最愛の娘を失ってしまった時、あの人を支えていた梁は真っ二つに折れてしまったのだから。
それでも──それでも。あいつを追うと決めたのだ。あの人の汚名を雪ぐため、自らの不始末にけじめを付けるため。失ったものは決して戻らないとは知っているが、そうでもして動かねば心を保っていられなかった。
突入した廃倉庫は当然ながら手入れが行き届いておらず、犯人かそれとも元いた作業者が排出したものなのか分からないゴミが散らばっている。伏せられた週刊誌の表紙には未曽有の大虐殺と警察の責任を追及する大きな見出しが躍っており、胸に広がる苦い思いと閉塞感から襟尾は目を逸らした。
薄汚れた壁に、使われなくなって久しいであろうデスク。部屋を一つずつ調べ、犯人を探す。不良の格好をした鳥のシールが視界の端を過り、娘と接点を持ちたいがために流行り物を調べていた姿が蘇る。もう二度と、戻らないものだった。
捜査は廃倉庫の最奥部にまで及んでいた。もしかすると、犯人は既にこちらを気取って逃げた後なのかもしれない。周囲は包囲してあるが、この世に絶対はない。焦る心を必死で律しながら、ドアを開ける。瞬間、むっと濃く生臭い臭気が一気に部屋の中から流れ出してきた。間違いない、これは血の臭いだ。
灯りのない薄暗い部屋の中で、闇に同化するように男が一人佇んでいた。不潔に伸びた長い髪、手には鋸が握られている。隣に横たわる女性には既に片側の手足がなく、夥しい血の量からも生きてはいないことは明白だった。
「やってやった、やってやった……! これで世界はオレを認めてくれる……!」
爛々と目を光らせながら、男は譫言のように呟いている。期待はしていなかったが、検めたその顔は、あいつとは似ても似つかないものであった。
世間を震撼させる事件が起きた後は、影響を受けた模倣犯が現れるのが世の常だ。この男もその一人で、『ただ存在を認めてもらう』ためだけに人を殺したのだろう。文字通り桁違いの衝撃を与えたあの事件は、残した爪痕も深く未だに狂信者や模倣犯が後を絶たない状況が続いている。
あいつも動機としては完全なる私利私欲であったが、あれほどの殺しを一切躊躇わない異常さがあった。それは執念や覚悟とも言えるのかもしれないが、このような卑劣で唾棄すべきものを覚悟などと認めることは断じてできない。
「ああ、そうだ。警察もやってしまえば、オレはもっと……!」
言葉と共に、男が鋸を握る手に力が籠る。鈍く光る先端から赤い血液が滴り落ち、ぎらぎらと血走った目がまっすぐにこちらを見つめていた。背後で状況報告と応援を呼ぶ声が飛び交う中、先頭に立つ襟尾の胸は不思議と凪いでいた。
乾いた音が、一際大きく部屋に響いた。
発射された弾丸が男の足元にめり込む。威嚇射撃としてはかなり際どいものであったが、相手を傷付けずに武装を伝える正確無比な一射であった。
他人の行いを真似るばかりで何一つとして覚悟を決めていなかった男は、訪れた命の危機によってようやく現実へと回帰する。甲高い悲鳴を上げてへたり込む男の手から、万能感と鋸がこぼれ落ちて軽やかな音を立てた。襟尾はすぐさま男を取り押さえ、何も持たぬ手に手錠を嵌めて犯した罪を教え込む。
程なくしてやって来た応援に男を引き渡し、始まったのは現場状況の検証である。無残に損壊した遺体を目にすることは、被害者の恐怖や無念を思うと気分が良いものではない。あいつ絡みであれば尚更だ。
やがて鑑識も撤収すると、部屋には襟尾一人が残される。床に残った銃弾の痕に、彼は静かに顔を伏せた。目頭が熱くなり、絞り出すような重く詰まった声が落ちる。
「ちゃんと撃てるんじゃないか……!」
あの日から、襟尾は射撃訓練を欠かさずに続けてきた。来る日も来る日も、決して手が震えることのないように。ただ、あの日は──あの日だけは、動揺のままに発砲をしてしまった。その事実が、銃創のように残り続けている。