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汚泥のような川は、工業排水の規制を経てなお澱んでいる。私がこの流れに目をやる時はいつも暗く濁っていて、それは生涯変わることのない光景なのだろう。
遺体は焼いた。骨は納めた。墓石もある。ただ──あの子がいないだけだ。
私の心臓。かけがえのない、眩く大切な、最も貴い、愛しい我が子。無惨に切り裂かれ、ぽっかりと開いたままの胸の洞を、埋める術を私は知らない。
見つからないと分かっていながら、私は未だ澱んだ川面にあの子の姿を探している。陽光を照り返しながら、今日も川は澱を湛えて私を睨め付けている。
あの子は死んだのだと人は言う。そんなことは私が一番知っている。だから何だというのだ。死んでしまったから、こうしてあの子を探しているのではないか。
色のない世界を彷徨い歩きながら、どこにも行けないままでいる。年頃の子供を見ては、あの子が生きていたらと想いを馳せる灰色の日々。
「あっ、なめどりだ!」
興奮に満ちた幼く高い声に振り返ると、数人の子供が鉄橋の梁を指差している。丁度、あの子と同じ年頃の男の子だった。温度のない風が空ろな胸を通り過ぎていく。あの子が生きていたら──と耽っていると、思いもよらぬ言葉を聞いた。
「志岐間にも見せたかったなぁ」
志岐間の名を持つ者は多くない。そして、あの子と同じ歳の頃であるならば。
「あなた……修一の、お友達?」
気付けば声をかけていた。子供達は目を瞠りながらも頷く。
「うん。一緒になめどり探そうって言ってたんだ。あいつもお父さんとお母さんに言ってみるって言ってたんだけど……死んじゃった」
知らなかった。あの子がやりたかったこと。私達に言い出せなかったこと。
私の知らない修一がそこにいる。あの子はどこにもいないが、ここにいる。
「……そう……」
走り去っていく子供達を見送りながら、小さな背に我が子が混じっている姿を夢想する。そんな未来もあったのだろうか。閉ざされた、何にもなれない可能性の骸。冷たく硬い現実を抱き締めて、未だ私は涙を滲ませている。
子供達がそうしていたように鉄橋の梁を見上げる。目を凝らして見てみると、奇抜な格好をした鳥のステッカーが貼られているのを見つけた。
そういえば──櫂さんが、同じものを探していた気がする。思わぬところで繋がりがあったものだ。確か、家の応接間に貼られていたものを見つけたのではなかったか。程良い灯りだけが私の意思、そんな部屋で見つけた異質なもの。
ああ、お友達と探したかったのなら、喜んで頷いたのに。夫が反対するなら押し通したのに。そうすることのできる意志が、今の私には備わっている。
あの子がやりたかったことは、他にもあったのだろうか。私が知らないあの子の姿が、他にもあったのだろうか。私が思い描くあの子の姿は、小学生のままずっと変わらない。その先を知ることが、私にはできないのだから。
もっと、あの子の姿を見ていたかった。あの子に生きていて欲しかったのだ! どうして! どうして! どうして!
親想いで、まっすぐで、正義感に溢れた愛しい我が子。もっと、あの子の望むことをさせたかった。亡くしてから知っても叶えることなどできるはずもない。
川底には後悔と懐古が沈殿して、幾重にも堆積している。だからいつまで経っても澱んでいるのだ。そうして、あの子が冷たい川面を漂うことのなかった世界を探し続けている。見つかることなどないと分かっていながら、澱を降らせる。いつかこの川が美しく見える日が来るのだろうか。流れは変わらず澱んでいた。
重い体を引きずって、家へと帰る。あの子がいなくなっても、私の居場所はここしかなかった。居場所というには、あまりにも殺伐としているのだが。
足は自然と応接間へと向かっていた。照明を点けると薄ぼんやりとした光がはらはらと降り注いでくる。光源に目をやり、視界の端に映った奇抜な格好をした鳥のステッカーを追う。流行り物全般に言えることであるが、こういったものには疎くてあまりよく分からない。そういうものなのだろうという漠然とした理解。
でも、あの子はこれを探すことを楽しみとしていたのだろう。その行為自体に私自身の喜びや楽しみといった情は全く湧かないものの、あの子が見ていた世界を知りたいという興味がじわりと滲み出す。やがてその感情は空虚な胸をほんの少し満たし、体温を残していくように仄かな温もりを与えていくのだ。
浮かんだのは子供のように活発でありながら、冷静な目でまっすぐこちらを見て落ち着いた声音で話す、奇抜で実直な探偵の姿。
「……ねえ、櫂さん。あなたが探していた、鳥のシール……教えてくださる?」
探偵は驚いたようにほんの少し息を呑んで、軽快な返事と共に力強く頷いた。
「オーケイ、マダム。喜んで」