余白を浚う

FE風花雪月ディミレス

 初めて握ったその手の温かさが、未だ残り続けている。
 ただ一人生き残ってしまった罪悪感と、死んでいった者へ報いねばという義務感。全てを奪った者への憎悪が雁字搦めにこの身を縛り、身動きが取れなくなって大切なものを失い、どこにも行けなくなってようやく縋ったその手に救われた。生きていてもいいのだと、赦された気がした。
 憎いという気持ちは消えない。全てを奪ったあの日の戦火を、忘れることは決してないだろう。だが、地獄の業火のようにこの身を焼き続けていた焦燥は、随分と落ち着いたように思う。この身は復讐のためだけにあり、それだけが自分を生かす理由だった。それ以外の生き方があるのだと教えられて、ようやく自ら何かを考える余地が生まれたのである。
 この気持ちが一体何であるのか、考える。気付けば目で追っている。肌が気配を探っている。その人が隣にいることに安らぎを感じている。その瞳に自分が映っていると嬉しくなる。ある種家族のような気の置けなさを感じているのだろうか。志を同じくする戦友への厚い情が、その気持ちを齎すのだろうか。ここまで共に歩んでくれた仲間達には、恩義も感じているし信頼も置いている。だが、それとは一線を画す何かがあるのだ。
 甘く痺れるような、淡い高揚。胸の奥に火が灯るように、ほんのりとしたぬくみが満ちていく穏やかな感覚。それは、他の誰からも感じることのない、その人だけが与えていくものだった。たった一人によって、この心は乱され、和されていく。自らの内に入り込み、浸食していく何かを感じる。それは不思議な心地ではあったが、決して不快ではない。名状し難い何かが、この胸にずっと居座り続けてその存在を主張していた。
 今までに感じたことのない類のこの思いを、どう呼べばいいのか分かりかねた。この気持ちが一体どこからやって来るものなのか、自らの胸の内を渡ってみる。何かに急き立てられる訳でも、義務感でもなく抱いたこの感情の正体を知りたかった。誰のためでもなく自らの意思としてこの胸に湧き上がったこの情は、掲げた理想や信念と同じく、決して手放してはならないものだと思ったからだ。
 誰も理不尽に奪われることがない世界。その理想を、かつて語ったことがある。随分と遠回りをしたが、己が信念は既にこの身に宿っていたのだと改めて感じる。そうしてふと、その時に話したもう一つの願いのことを思い出した。
 口にした途端、猛烈な罪悪感と自己嫌悪が一気に襲い掛かってきて、息をする間もなく押し潰された。自分は何ということを口走ってしまったのだろうと後悔の念に苛まれ、失言を取り繕うために冗談だと誤魔化したのだ。その時の少し悲しげな表情に胸が痛まなかった訳ではないが、それ以上に安堵の念の方が強かった。怖かったのだ。その気持ちを認めることが。この身が許されざる願いを抱いていることに気付いて、咄嗟にそれに蓋をしたのだ。
 ああ、そうだったのだ。
 今更ながらに思い知る。この気持ちが一体何であるのか、そうして一体どこに帰結するのか。答えは既に、自らの内に存在していたのだ。この思いを、何と呼ぶのかはまだ分からない。ただ、願いの先だけは明確であった。
 ──お前とずっと一緒にいられるように。
 かつて死んだ名もなき何かが息を吹き返す。名前はまだ、付けられずにいる。