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ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドという男
青獅子クリア記念に書いた短文
「初めて会った時から思っていたけれど、君はどこか陰があるね」
それは何の気なしに、するりと出た言葉であった。
そうだろうか、とディミトリは首を小さく傾げ、そして顎に手をやり悩みだした。彼の人柄からはとても生真面目な生徒であるという印象も受けていたので、これは失言だっただろうかと発言を少し後悔する。
「……すまない、できる限り皆とは友好的に接してきたつもりだったんだが」
ああ、やはり無意味に彼を悩ませてしまった。言いたいのはそういうことではないのだと、急いで言葉を付け加えることにする。
「いや、違うんだよ。君が近寄り難い人間なのだという訳ではなくて、どこか……追い詰められているような感じがするんだ」
すると、彼の柳眉がびくりと吊り上がり、纏う空気が一変する。これこそが、彼が陰の内に抱えていたものなのだろうか。
「追い詰められている? 違うな。俺が、追い詰めるんだ」
噛みしめるように、唸り、絞り出すように。低い声で告げられたその言葉はまるで、呪詛のようだった。彼を縛る呪いを知るのは、まだ先のことである。
* * *
ひたり、ひたり。日が落ちた修道院の暗い廊下を歩く。物資が制限されているため燭台に灯る火もまばらで、月明りを頼りに辿り着いたのはとある一室である。
音を忍ばせてドアを開けると、広い寝台の上で小さく丸まっている姿。それに少しの安堵を覚えつつ近付いたところで、唐突に視界が回転し鈍い衝撃が襲った。
何をしに来たと告げる冷え切った声。喉を掴む大きな手。爛々と光る鋭い眼光。自分は完全に虚を突かれて寝台に引き倒されたのだとようやく理解する。
「ちゃんと眠れているのかと思ってね」
「……俺に構うな」
「眠れる時に寝た方がいい。君はとても……疲れているように見えるから」
ゆっくりと手に力が込められて息が苦しくなる。お前も俺の邪魔をするのかと問う呻くような声。白みゆく視界にこれは夢なのかもしれないとぼんやり思った。
「君の進む道に私が邪魔なら、力を込めるといい」
これはきっと夢なのだ。だからきっと、落ちてきた冷たい感触は現実ではない。その事実を知る者はいない。だから、せめて今だけは、どうか。
薄れる意識を手放す。目が覚めた時、そこに彼の姿はなかった。
* * *
「お前はいつも、俺の左側に立つんだな」
得た気付きはそのまま口を突いて出た。今まで深く考えたことはなかったのだが、思い返してみるとこの人はいつも自分の左側に立っているような気がする。
「邪魔だっただろうか?」
「すまない、そういう訳ではないんだ。俺の周りの者達は皆、俺の右側に立ちたがるものだから」
その理由はこの失われた右目なのだろう。視野は狭くなったが、戦闘に際しては問題ない。戦いにおける視界とは、目に見えるものよりも見えないものの方が大きいからだ。目で見るのではなく、肌で、臭いで、感覚で、敵を『視る』のだ。
「その方が警護には向くだろうけれど、君は見えている方がいいかと思って」
まっすぐな視線がこちらを見上げていた。そこで潔く気付かされる。隣に立つこの人の記憶が強いのは、いつも自分の視界に立っていてくれたからなのだと。
「そうだな。俺がお前を見て、お前が俺を見れば、互いの視野も埋まる。これからもそうしてもらえると……助かる」
誰かが隣にいるということは、こんなにも嬉しく、そして温かい。
* * *
「君は、弱くなったね」
唐突にかけられたその一言は、大いに俺を戸惑わせた。
「お前にそう言わせてしまうとはな。鍛錬が足りないか、それともやり方が……」
衰えているつもりはなかったのだがと考えていると、先生は首を振って続けた。
「あの頃の君は、手負いの獣のような強さがあった。孤独の鎧を纏って、捨て身になれる危うい強さがあった。それを捨てた君は、きっと弱くなってしまった」
でも、と言葉を切って、無垢な瞳がこちらに向けられる。真正面から見つめる。
「私は、君のそういう顔が好きだよ」
「……俺は今、どういう顔をしているだろうか」
かけられた言葉に、問いかける。元々あまり表情豊かな方ではないのだが、荒んだ生活を経るうちに乏しい表情が更に乏しくなってしまったような気がする。
「これは、前に君が私に言ってくれた言葉だよ」
まだ情緒の乏しかった頃に見た柔らかな微笑。それを見た時、美しいと思ったのだ。自分も、同じ顔をしているのだろうか。あの時胸を満たした強い熱が蘇る。
「そうか。──そうか」