小さい頃からポケモンが好きだった。だからポケモンに関わる仕事がしたかった。その中でもポケモンを元気にする仕事がやりたくて、沢山勉強をした。
ポケモンの種類や状態に応じた設定をして、ボールの中にいる子達を大切に機器へと預ける。そうして回復を終えたポケモン達が元気になった姿を見ると嬉しくなるのだ。朝も夜もお構いなしの勤務だけれど、回復を求めるポケモンはいつだっている。大変だけれど命を預かる崇高な仕事だ、だからこそ誇りを持って取り組んできた。
「こいつ弱いからすぐやられるんだけど、マジだりい」
話しながら預けられるボール。目線は一度もポケモンに向けられないままで。傷付き今にも息絶えてしまいそうなその子を急いで回復させる。機器にボールをセットしながらふと、考えてしまった。
──このまま回復が終われば、またこの子は傷付いてしまうの?
回復が終わったことを知らせる音楽が軽やかに鳴り響き、意識を呼び戻される。回収したボールの中にはすっかりと元気を取り戻したポケモンの姿。安堵しながらボールを返却すると、やはりその人は一瞥もくれることなくボールを鞄へと押し込んで去っていった。
その時、心がひび割れる音を聞いた気がした。
無言で預けられるいくつものボール。喋らない人はこの仕事をしていて珍しいことではないが、ボールを放り投げられることはあまりない。勢いが付いたまま転がったボールのうちの一つが開閉スイッチをぶつけて、あっと思った時には中にいたポケモンが飛び出していた。ボールは十分な空間がないと開かないようになっているので、うっかりトレーナーがボールを落としても大型のポケモンは出てこられない。現れたのはやはり小型のポケモンだったが、どうにも様子がおかしいように感じられた。
慌てて物陰へと隠れた小さな姿を追いかける。人に慣れていない子なのかと思ったが、そうではなかった。怯えた目で見つめているのはカウンターの向こう、ボールを投げて寄越したその人。私が近付いても逃げることなく、ただでさえ小さな体をより小さく固くして震える姿は異様だった。
「戻れ」
抑揚のない声が、厳然と命じる。全身が心臓になってしまったかのように縮こまらせていた体を大きく跳ねさせて、ポケモンはおずおずと持ち主の元へと戻り、ボールへと収まった。
この人とポケモンの関係性を、私は知らない。この場所はポケモンを元気にするための施設で、それ以上でも以下でもない。私にできることはあまりにも少ない。
いつものように、ポケモンに合わせて機器の設定をしてボールを預ける。だからこそ気付いてしまうのだ。ボールに入っていたのは小さなポケモンばかりだったと。
回復が終わったポケモンを持ち主へと返そうとして、躊躇った。嫌な想像が頭を駆け巡るが、仮にその想像が現実だったとしても、私できることがないのだ。通報をする? 名前も知らない、ただポケモンを回復しに来ただけのこの人を? まだ懐いていないだけかもしれないのに、私の勝手な想像で?
ボールに入った子達を持ち主へ差し出す。その人はやはり無言でボールを鞄へと詰めて去っていった。
不思議と心は凪いでいた。波紋一つない、真っ平らな水平線だった。
「あなたがちゃんと回復してくれなかったからあの子が死んじゃったのよ!」
毎日老齢のポケモンを預けにきていた人だった。ありがとうと毎日笑ってくれたのに、今は眦を吊り上げて怒鳴り散らしている。
私達にできることはポケモンを元気にすることだけで、生命を永遠にはできない。きっとこの人もそれは分かっているけれど、喪失に対して気持ちの整理が付かないのだろう。理解はしている、しているけれど。
時折、郷里の家族が無性に恋しくなる。この仕事を辞めて、実家へ帰ろうかな、なんて考える。
命を預かる崇高な仕事で、誇りを持って取り組んできた──はずだった。
「お姉さん! この子を助けて!!」
悲痛な叫びと共に飛び込んできたのは、大きな目いっぱいに涙を溜めた子供だった。手渡されたボールには傷付き弱ったポケモンの姿。
「危ない場所だけど進化したしいけるって……ばあちゃんに元気出して欲しくて……!」
泣きじゃくりながらの言葉で要領を得ないが、どうやら祖母のために力量に見合わない場所へ立ち入ってしまったようだ。
早速ボールを機器に預けようとして、子供のベルトにもう一つボールが付いていることに気が付いた。
「その子も預かりましょうか?」
声をかけると子供はよく分からないといった様子で首を傾げて、自身の腰にあるボールに気が付いた。
「うん、この子も元気にしてあげて! ばあちゃんにあげるんだ!」
慌ててボールを外して、小さな手が差し出してくる。どうやらこのポケモンを捕まえに行って、あの子は傷付いてしまったらしい。ボールの中の姿を見て、先日ポケモンを亡くした人を思い出した。
ポケモンごとに設定をして、機器へ預けるだけの仕事。それだけしかできない仕事。何度となく繰り返してきたその仕事を遂行して、元気になったポケモンを子供へと返す。
受け取ったボールをすぐさま開けると、子供は現れたポケモンを抱き締めた。
「ごめんね! ごめんね!! 元気になって良かった……!」
よほど心配だったのだろう、おいおいと泣きじゃくる姿は少し微笑ましくもある。元気にできて良かったという安堵が、波紋となって広がっていく。
「お姉さん、ありがとう!!」
目の端に涙を溜めたまま、子供は清々しく笑う。そうして相棒をボールへと戻すと、手を振りながら去っていった。
ポケモンごとに設定をして機器に預け、元気にするだけの仕事だ。それだけしかできない仕事だ。朝も夜もないし、辛いこともある。自分の仕事は誇れるものなのか分からなくなったり、郷里に帰りたいと思ったこともある。
でも、命を預かる崇高な仕事だ。ポケモンを元気にできる仕事だ。だからこそ誇りを持って──
もう少し、この仕事を続けてみようと思ったのです。
