夏と海と日焼けの跡

FGOベディぐだ

 砂の荒野を離れて幾十日。鬱蒼と茂る緑は陽光を覆い隠して薄暗く、それでいて立ち上る熱は纏わり付くような湿気を孕んでいる。
 尾根を越え、足場の悪い山道をひたすらに歩く。山の終わりが近付いているのだろう、風は微かに潮の香を帯び始めていた。進んでいくと、視界が唐突に開ける。
 木々が道を譲り、その先にあったものは、今まで目にしてきたものとはまるで違う青く眩い海であった。澄んだ海とはこんなにも美しいものなのかと、初めて見る光景に息を呑む。
 それと同時に私はブリテンから出てしまったのだと悟った。私だけがその青さを知っているのだ。
「我が王に、円卓の皆に見せたいものですね……」
 己が罪の証を握り締めて、騎士は再び歩みを進める。口にした願いが叶うことはないと知っていた。



「泳がないの?」
 砂浜に佇むベディヴィエールに、立香は声をかけた。その視線の先では、円卓の騎士達が子供のようにはしゃいでいる。
「はい。私は、見ているだけで十分なので」
 立香はじっとベディヴィエールを覗き込む。心の内を見透かされるような、中身を暴かれるような、言い知れぬ気まずさを感じて、ベディヴィエールは早々に観念して自身の思いを吐露した。
「正直、混ざり難いのです。皆が心の底から楽しんでいる中、妙に冷めた気持ちの私がいるのは」
 皆が知らなかったものを、自分だけが知っている。それはブリテンの外に出なければ知り得ないものであり、つまるところそれは、犯した罪の証左でもある。彼らと自分は違うのだ、そう感じてしまって、共にあることは憚られた。
 そっか、と立香は呟いて、ベディヴィエールを置いて海の中へと入っていく。
 そうして、透明な水を両手で掬い上げ──ベディヴィエールに向けてぶちまけた。
「な、な……マスター……?」
 ぽたりぽたりと雫を滴らせながら、大いに戸惑った様子でベディヴィエールが問う。どうやら立香の機嫌を損ねてしまったらしいと考えたが、それは違うようだ。煌めく水面と水飛沫の中、立香は微笑んでいた。
「バナナボートに乗ろう! あるか分からないけど! かき氷を食べて、ビーチバレーをしよう。ダイビングをして、疲れたら浜辺で綺麗な貝殻を集めよう。バーベキューをしてお腹いっぱい食べて、暗くなったら花火をしよう」
 告げられたのは行楽のプラン。バナナボートとはよく分からないが、立香が考えた楽しいことが目一杯詰まっていることだけはよく分かる。
「あなたが知らないことをいっぱいやって、日焼けの跡ができるまで遊ぶの」
 海の色は知っているが、遊びとなると知らないことばかりだ。この身が日に焼けることはないが、立香の白い肌は遊びに興じた分だけ染まっていくのだろう。
「それは……楽しみです」
 寄せては返す波に歩を進めながら、ベディヴィエールは眩い太陽に目を細めた。