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大人になるということは、曖昧を受け入れるということである。
自分の意思を殺したり、こうあらねばという型に自分を押し込めたり。何故と聞かれた時、それをうまく説明できる自信はない。そういった無意識な抑圧を受け入れることが、大人になるということなのだろう。
だからこそ、彼女の何にも染まらぬ瞳が、私には少し眩しい。
ただ目の前を見つめてまっすぐに、生きるためという漠然とした目標に向かってひたむきに力を尽くす。きっとそれができるのは、彼女に無限の可能性があるからだ。こうあるべきという型にはまらない自然体。果てなく広がる宇宙の中に、いっとう眩く輝く名もなき恒星。
それをずっと眺めていたいと願ってしまった時、私はあまりの傲慢さと罪深さに愕然としたのだった。ずっとなどあり得ないというのに、その思想を抱いてしまった自身の浅はかさに嫌気が差す。そもそも、それは自分が抱いて良い類の望みではないのだ。それを自覚した途端、泥たる思いに消えてしまいたくなった。
ああ、私は英霊たる人物ではないのだと、改めて思い知らされる。分かっていたことなのに、何故こんなにも苦しいのだろう。
「ベディヴィエール」
ほのかに甘い声が、名前を呼ぶ。あどけないその顔を、ぱっと華やがせて駆け寄ってくる。彼女はいつだってまっすぐだった。自分を偽らず、思ったことを包み隠さずに伝えてくる。
だからこそ、少し長く生きてきた自分は気付いてしまうのだ。彼女に憎からず思われているのだということを。
飾らぬその気持ちは温かくて心地良い反面、薄氷の上に立たされているかのように怖い。危ういその境界線を踏み越えられた時、きっと全てが壊れてしまう。知らぬふりをしていることが、この関係を続けていられる唯一の手段だった。
女々しいことだと思う。罪だと思うなら去るべきなのだ。その均衡が崩れてしまう前に。だが、薄弱な意思は、人理のために戦うなどという建前のもとにのうのうと穏やかなこの瞬間を貪っている。
「訓練も終わったし、ゆっくりしようかなーと思ってるんだけど一緒にどう?」
屈託のない笑顔を直視できないのは、きっと私が歪んだ人間だからなのだろう。
「折角の休みです。私に構わず他の方と過ごされては?」
曖昧な境界線のすぐ内側に、意気地のない私が立っている。昔から何かを捨てることが苦手で、抱え込んではその重みで身動きが取れなくなるのだ。
「私はベディヴィエールと過ごしたいんだけど……嫌だった?」
不安げに見上げる瞳がそこにある。琥珀色の輝きはどこまでも澄んでいて、それを見つめていると、私は堪らなく苦しくなるのだ。
沢山のものを抱えている。捨ててしまえば軽くなることは知っていたが、何を捨てれば良いのだろう。全てが大切で、かけがえのない物で。何を切り捨てるのが正しいのだろう。
傷付けたくないから、曖昧な言葉で距離を取る。なんて、嘘だ。きっとそれは、私が傷付きたくないための方便で、愚かで矮小な保身に過ぎない。名残惜しくて手放せない、身勝手な恣意。
彼女のように純粋であったなら、感情の瓶をひっくり返して洗いざらい全てを吐き出しているのだろう。ただ、彼女より少し長く生きてきたこの身は、彼女より少し周りが見えて、随分と狡くなってしまった。
「嫌ではありませんよ。……ありがとうございます」
そう告げると、彼女の目が輝く。頬がほんのりと上気する。よかった、と裏表のない声音で呟き、安堵の息を吐く。
居心地の良いその空間を、私は未だ壊さずにいる。何にもなり切れない私が、主体性なくふらふらと揺れている。どうか、どうか落ちてこないでと祈りながら、その美しい星芒を見上げているのだ。
決して手を伸ばしたりなどはしないから、その瞬きを見つめることだけは許されるだろうかと、誰に向けているのか分からない許しを乞う。そうして自分の行いを正当化しようとする。曖昧な距離感を保って安心しようとしている。
まるで人間のようだ。この身は紛い物であるのに、生者のように懊悩する。人理の守護者ならただの機構であればいいはずなのに、何故心など与えられたのだ。
英霊の身であるが故に縁を結び、英霊だからこそ続く未来はない。何を捨てればいいのか分からないまま、穏やかな時間に身を置いている。
向けられる笑顔はどこまでも綺麗だ。この浅ましい心を非難されているかのように感じてしまい、気付けば目を逸らしていた。
それでも、私はまだ抱えたものを何一つ捨てられずにいる。