木苺ティーに一滴の猛毒を垂らして

メルクストーリア

 ──夢を見た。夢の中の私は『鮮血の魔女』と呼ばれ、世界中の誰しもから恐れられていた。魔術に道具に器具、ありとあらゆる手段を用い、彼女の周りにいた人達をみんなみんな殺して回った。いらないものはぜんぶぜんぶ壊して回った。そうして彼女の傍には私だけ、ずっと私だけを見てくれる楽園が生まれた。
 目を覚ました時、心臓が今にも張り裂けてしまいそうなほどに激しく鼓動していた。恐怖ではなく、なんと甘美なことだろう・・・・・・・・・・・という興奮からだった。
 彼女の世界には私一人、私だけが彼女を見つめて、彼女だけが私を見つめる。他の何もいらない誰もいらない邪魔はいらない。閉ざされた理想郷の中、私達は手を取り合って生きていく。この上なく素晴らしいことのように思えて陶然とした。
 でもそれは夢であり、私はまだアカデミーの生徒でしかない。鮮血の魔女はまだ生まれてはいないし、彼女の周りにも沢山の人がいた。そのことに少しだけ安堵して、少しだけ残念にも思った。顔を洗い、鏡に映った私を見る。大人と子供の間の、ゆらぎに満ちた少女の姿がそこにある。まだこの手は汚れていない。
 私が全てを捨てれば、きっと何だってできる。彼女を慕うあの幼馴染だって、消し去ることができる。邪魔者はみな排斥することができる。世界を鮮血で塗り替えて、理想郷を作り上げることができる。禁術だって覚えるし、どんなものだって手に入れることができる。驕りではなく、そうできるという確証に近い自信があった。何故今までそうしなかったのだろうという疑問すら沸き上がってくるほどに。
 でも私は──鮮血の魔女、あなたにはならない。
 だって、そんなことをすれば心優しいあの子は悲しんでしまう。たくさんたくさん泣いてしまう。明るい笑顔を昏い憂いで隠してしまう。それはとってもかわいそう。私にとってはどうでもいいあの幼馴染だって、彼女にとっては大切なもの。たくさんの邪魔者も、いらないものも、きっとあの子にとっては大事なものなのだと私は知っているから。
 悲しいけれど、鮮血の魔女とはここで別れなくてはならない。さようなら、もう一人の私。いつかあったかもしれない未来。恍惚の夢。鮮血の魔女の首を自らの手で切り落とし、私はいつもの日常に回帰する。
「──ユルエ」
 今日も見付けたその姿の名を呼び、魂の一端を掴む。そしていつか侵食するのだ。彼女の世界を私一色に。