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秋が終わらなければいいと、ずっと思っていた。冬が来なければ、ぼくは特別なままでいられるから。
特別な存在になりたいとずっと願っていた。かんなぎの蜜を舐めて背の翅が透き通り、他とは違う存在になってから。ぼくが認めてもらえるのは、他とは違う特別な存在な間だけだ。この翅が元の枯れ葉模様に戻ってしまえば、ぼくを特別たらしめていた要素はなくなってしまう。
そうなってしまう前に、別の特別を手に入れなくてはならなかった。陽の当たらない場所の寒さを知っている。一度そこから出てしまえば、もうそこには戻れない。そのために、ぼくは特別であり続けなくてはならなかった。特別であるなら何だってよかった。
かんなぎの娘になれるかもしれないという素養は、ぼくにとっては甘い希望であった。かんなぎの娘に選ばれれば、虹色の翅を手に入れることができれば、ぼくは永遠に特別な存在でいられるから。特別でなくなることを恐れなくてもよくなるのだ。
それが永遠に得られないと、虹色の輝きは他の誰かの背に与えられたと知った時のぼくの絶望が分かるだろうか? いや、君には分からないだろう。そうしてぼくは特別から零れ落ちた紛い物になった。
背中の翅の色に意味はなく、寄宿学校に残る意味もなく。意味のない日々を送っては、ぼくが存在する意味すら薄れるのではないかと怖くなった。ぼくはもう、特別になれる資格を失ってしまったから。だからぼくは、別の特別を得ることにしたのだ。
箱庭の中で、ぼくは『ぼく』であるという新たな特別を確立した。ぼくである限り、箱庭の少女達はぼくを特別な存在であると認めてくれた。一時のまやかしだと分かってはいたけれど、ぼくは特別であることを失うことが怖かったのだ。だって本来ぼくは何も持っていないから。
この箱庭を出て、背中の翅の色が戻ってしまえば、ぼくは一体何者になるのだろう? 漠然とした不安と恐怖を抱えながら、冬まで残り少なくなった日々を過ごしていると、今年は秋が終わる気配が見えないのだという。雨と靄に包まれながら、秋が一日延びるごとにぼくがどれほど安堵していたかを、君は知っているだろうか?
十五になったこの身は、少女ではなくなり、少女の頃を過ぎればこの箱庭に留まることはできない。そうなれば、一体何がぼくを特別にしてくれるのだろう。どうやって特別を得ればいいのだろう。怖かった。
与えられた祝い蝶の役目は、これが最後の特別であると言わんばかりのものであった。どうして何も持たない自分が選ばれたのかと、特別な存在であることを求めていながらそんなことばかりを考えていた。
どうにかこうにか他と違うものを見繕って纏っただけのつぎはぎだらけのぼくと違って、フィーユはただ純粋に特別だった。何にも縛られず、ただそこにあるだけで惹き付けられる。その翅が宿した月の光の美しさだけでなく、その在り方そのものがきっと特別だったのだと思う。フィーユと過ごした期間は長くない。長いどころか随分と短いものだっただろう。その刹那的な邂逅は、ぼくたちの心に鮮烈に刻まれていた。
フィーユが去って、そのことに気付いた時、ぼくはたまらなくその存在に焦がれた。月灯蝶になれば、フィーユのように特別な存在になれるのだろうかと考えもした。滑稽なものだろう? かんなぎの娘になれないこの身は、今度は月灯蝶に焦がれ始めたのだから。
きっと、何だってよかったのだ。特別になれるなら、陽の当たる場所にいられるのなら何だって。だからきっと、ぼくは特別な存在であることしか考えてなくて、それが一体どういうことであるかを本当の意味では理解していなかったのだと思う。
今はもう、ぼくは特別な存在じゃないぼくのままでいいと思えている。ぼくが本当になりたかったのは、特別な存在じゃなくて、誰かに求めてもらえるぼくであったのだと気付いたから。それはとても身近にあったものなのだと、ようやくぼくは気付くことができたから、この箱庭の暮らしにも意味はあったのだと思う。透き通った翅は、何にでもなれるという可能性なのだ。
きっと君に手紙を書くのはこれが最後になるのだろう。気が利いた内容じゃなくてごめん。でも、誰かに伝えておきたかったんだ。他の誰かに伝えるのは少し気恥ずかしいから、君だけに伝えておこうと思う。
最後になったけれど、ありがとう。君との出会いは、ぼくにいろんなものを与えてくれたと思うから。ようやくぼくは、自分の意志で前に進めそうだ。
《あなたの選んだ真実はそれなのね》
鈴の音のような声を聞いた気がした。書き上げたばかりの手紙は忽然と消えていたけれど、願った場所へと届けられたのだと確証なく思った。
「さて、待たせてしまっているから行かなくては」
思った以上に時間がかかってしまった。急いで飛び出した外の空気は少し乾いていて凛と冷たかったが、体の芯は温かかった。ぼくは今日、この箱庭を出る。