君を想う

FE風花雪月ディミレス

 本を捲り、言葉を探し、次の旅路はこれと決めて荷を纏める。目的のない旅ではあったが、様々な場所を見て回ることは楽しかった。フォドラの各地を転々とする生活は、かつてジェラルトと共に過ごしていた時のことを思い出す。
 手紙を送るのは、次で最後だ。

* * *

「旅に出ようと思う」
 ベレスから齎された突然の宣言に、ディミトリはその青い目を微かに瞠った。思いもよらない内容に驚いてしまうが、彼女は大司教として既に幾つもの準備を済ませていた様子だった。後任の選出、今後の運営体制の変更。滞りなく運営できるよう全て協議し、決定をしてからの報告である。
 思えばただの傭兵として生きてきたベレスを、教師として、大司教として、長きに亘り大修道院に縛り付けてしまった。彼女が自由を欲するのはごく当然の権利だ。終戦後、大司教として幾年も尽力してくれた彼女のおかげで、戦災復興や改革は目覚ましいほどに進んでおり、止める理由などあるはずもない。
 だからこそ、笑って快く送り出そうと思った。別れを惜しむ気持ちが湧き上がるものの、それは彼女を縛る棚にしかならないと考えて胸の奥底へとしまった。
 ただ、ずっと。彼女が最後に見せたどこか寂しげな瞳が、頭に残り続けている。
 そうして大司教の引退を宣言すると、ベレスはひっそりとガルグ=マクから去っていった。その行方を誰一人として知ることなく、まるで最初から存在していなかったかのように彼女は忽然と姿を消してしまったのである。
 便りが届いたのは、それから暫くしてのことだった。
 綺麗な花が咲いていたという簡潔な内容の手紙と共に、送られてきたのは青く小さな花であった。花のことはよく分からないが、可憐に咲くその姿は実に愛らしい。気まぐれに花を寄越してきたその人を思って、口元は自然と綻んでいた。
 それから便りは節に一度ほどの頻度で届くようになった。便りがないのは元気な証拠とは言うが、こうして手紙が送られてくるのは嬉しいものである。そこには必ず花が添えられており、どこからか送られてくるばかりで返事も出せぬ手紙に、毎節この地のどこかにベレスがいるのだということを実感し安堵していた。
「陛下、そろそろ日取りについて考えられては」
 分かっている、と返しながらディミトリは頭を抱えた。妻を迎えろと催促され、そこに割く余裕はないと蹴ってきたものの、近頃その頻度がとみに増えてきた。もういい歳だ世継ぎだのと様々な人間から急かされ、仕方なく頷いたもののやはり気が進まない。そうして縁談の日を決めることすら先延ばしにし続けている。
 視界の端では花瓶に活けられた白い花が慎ましやかにこちらを見ている。今となっては身の回りで口煩く言ってこないのはこの花くらいなものだが、花もまたディミトリの気分を表すかのように元気なく萎れていた。
 そこでふと、今節は手紙が届いていないことに気が付く。花はドゥドゥーが長持ちするよう手入れをしており、いつも枯れてしまう前に新たな花が届いていたものだから気付かなかった。妙な胸騒ぎがした瞬間、扉を叩く音に顔を上げる。
 現れたのはアネットであった。王都を訪れたついでに立ち寄ったのだという彼女は、花瓶の花を見つけるや否や大きなその目をまるで宝石のように輝かせた。
「あっ、これが花便りの姫君からのお花ですね!」
 突如として出てきた聞き慣れない単語に何のことか分からず首を傾げていると、メーチェとも話してたんですと実に楽しそうな様子でアネットは続ける。
「縁談嫌いの陛下を射止めたご令嬢のことですよ! 素敵な恋文ですよね」
 待て、それは一体、どういうことだ!

* * *

 潮の香が混じる風を受けながら、ベレスはひとり思案していた。最後の手紙を送ってから、これからどうしたものかと各地を宛てもなくうろうろと彷徨い、考えた末にベレスは一つの結論としてデアドラへ辿り着いたのであった。
 フォドラの外に出る。とても壮大なことに思えたがその実とても簡単なことだった。商船の船員に声をかければ、護衛と雑務をこなせば乗せると言ってくれた。迷う理由などないのに、ベレスは未だこの地を出ることを迷い続けている。
 ──決めた。歩き出そうとして、先生と呼ぶ声に振り向いた。それはこの身に染み付いた反射のようなもので、認めた姿にどうしてという問いが零れ落ちる。
 立っていたのは見知った男である。走って来たのか息を乱しながら、各地の騎士団に探させたんだと彼は言う。随分と思い切ったことをしたものである。一体どうしてと戸惑うベレスをよそに、呼吸を整えると──ディミトリは続ける。
「花言葉というものがある聞いた。なあ先生、俺は自惚れても良いのだろうか」
 送り続けた形のない言葉達。知られることなどないと思っていたので頬が急速に熱を持つ。そして何より、ああ、いけない。このままでは──自惚れてしまう。
 自分を探し追いかけて来たのだという男に、それは私の台詞だとベレスは呟いた。