五臓六腑、隅から隅まで。

FE風花雪月ディミレスR18

「レア様は慈愛に満ちた聖母のようなお方でしたが、ベレス様は神秘的で女神のようなお方ですね」
 時折受けるその形容は、ベレスにとっていまいち解せないものであった。自身の知る女神とは、天真爛漫で子猫のような好奇心を剥き出しにした少女であるからだ。この世で最も高い御座から人を見下ろす、誰にも触れることのできない自由でありながら不自由な風。彼女と過ごした日々は実に短いながらも色濃く記憶に残っている。溌溂としていながらもどこか甘さを伴った声音はもう聞こえないが、彼女は今も確かに自分の中で息衝いているのだろう。
 あれから大きく世界が動いて、様々なものを見て知った。流浪の傭兵であったこの身も今や大司教という立場に収まってしまい、様々な人に助けられてどうにか職務を行えている。長く続いた戦争によって多くの民が傷付き疲弊し、終戦後も幾度か暴動が起きたものの、混乱は収束へと向かいつつある。今後の課題は戦災の復興と旧態依然とした制度の改革であろう。より良い世界の在り方を模索するべく、セイロス聖教会はファーガス神聖王国と幾度となく議論を繰り返してきた。本日は数節振りの会談の日である。
「大司教、ディミトリ王が見えられました」
 侍従の報告に対して鷹揚に頷き、ベレスは身支度を整える。姿見に映る自身の着衣や頭髪に乱れがないかを確認しながら、どうにも落ち着きなくそわそわとしていると感じてしまう。その理由はあまりにも明白であった。
 絶えず書簡のやり取りはしていたものの、会うのは実に数節振りである。息災にしているだろうか。早く会いたい。声が聞きたい。他愛ないことを幾つも話して、沢山触れ合いたい。際限ない想いが次々と湧き上がり、そして──ベレスは自らの腹の中に小さな火が灯っていくのを感じていた。
 ああ、やはり。自分は女神などではない。肉体という袋に、欲望という名の泥を詰め込んだだけのものでしかないのだ。瞑目し、深く息を吸い込む。眼裏に広がる闇の中で無心のまま佇んでいると、次第に研ぎ澄まされていく思考と感覚。ゆらゆらと揺れていた火は少しずつ小さくなっていき、やがて立ち消える。ただ黒々とした晦冥だけが己が身を取り囲んでいた。──目を開ける。理性の光がそこにある。ベレスは身を翻すと、来訪者を迎えるべく部屋を出た。
「遠いところよく来てくれたね」
 極彩色の硝子を鏤めた大窓を背にして女神が降臨する。触れ得ぬ遠い場所から人々を見下ろしているかのような、荘厳な空気を纏う様は見る者に畏敬を抱かせた。大司教であったレアが引退を宣言した際、レア以外に務まる者がいるだろうかと懸念されたものだが、今やベレス以外にその役を担える者はいないとまで言われるほどである。
「ああ、今日はよろしく頼む」
 近衛兵に待機を命じ、幾人ばかりの側近を引き連れたディミトリが大広間へと姿を現した。輝かんばかりの金髪が揺れる様は実に眩しく、辺りが華やぐと共に僅かばかりの緊張が走る。まずは首長同士の挨拶を済ませ、互いの近況を報告しながらベレスは少し高い位置にある容貌を見つめた。
 戴冠を経て、ディミトリの面差しはより精悍なものになった。フォドラに生きる者全ての命を背負う覚悟と、自身の抱く理想を実現してみせるという決意。強い意志を秘めた、揺るぎない王の顔である。彼の右目は永遠に明けぬ夜を彷徨うことになってしまったが、見上げる空は澄み渡り真っ直ぐにベレスを見つめている。
 今のベレスにできることは、信仰という寄る辺として人々を支え、国家という枠組みの外から世界のより良い在り方を探すことなのだろう。人の主義や思想は決して一つではなく、立場が変われば物事の見え方もまた変わっていく。交わらないものを一つにするために起きた先の戦争であったが、今は武器を取らずとも互いの思想をぶつけ合える。そのことを、とても喜ばしく思うのだ。
「現状だが、北部は依然として厳しい状況が続いているな。先の苛政で民がかなり疲弊している」
 枢機卿の間に集い、議題に上がったのは戦災復興についてである。以前よりディミトリを悩ませていた国力の低下は、今も根深く残る問題であった。
「そうだね、状況はこちらも把握している。寄付でも募りたいところだけれど、信仰は平等でなくてはならない。苦しい状況とはいえ、協会として特定の場所へ肩入れはできないんだ。資金面としては、怪しい動きを見せている貴族がいるから、そこから供出を要請できないだろうか」
 集った寄付や物資は協会を通じて等しく分配されている。西方は敵を作らぬよう立ち回り、被害もそこまで大きなものではない。南方はアドラステアであった頃の強大な国力もあってか、復興は順調に進んでいた。フォドラの中でも東方の発展は目を瞠るものがあり、聞けばクロードが戦後の情勢を予見していたらしい。今後を見据えた立ち回りの幾つかも提案しており、同盟の解散に諸侯達がすんなりと頷いたのも納得がいく。
 そんな中、北方だけが未だ昏い状況を脱しきれずにいる。ファーガス公国の消滅により租税や政策は健全化したものの、それだけで解消するような問題ではない。力を持たぬ民が戦時にもかかわらず暴動を起こすほどに追い詰められたのだ。王都奪還後は国を継ぐ者として政務を執り始めたディミトリであったが、報告書を通じて見せ付けられた惨憺たる祖国の有様に愕然としていたものである。
 終戦を経て状況は上向いてはいるものの、彼が寝る間を惜しんで蒔き続けた種が芽吹くのはもう少し先になりそうだ。春が訪れるまで、凛冽たる寒風をいかに乗り越えさせるかに彼の手腕が問われていた。
「不自然な物資や金銭の流れはこちらも調査を進めている。うまく叩けば幾らか供出させられるだろう。課題は多くあるが、当面の方針としては戦災孤児の保護に力を入れていきたいと思っている。そこで、セイロス聖教会へ助力を仰ぎたい」
 大修道院でも孤児の受け入れは行っているが、全く手が回っていないのが実情である。こうして協力を持ちかけてもらえるのはありがたい話ではあるが、問題もある。
「協会としても戦災孤児の保護については急務であると考えている。孤児院を増やす予定で出資者も確保しているけれど、治安が悪ければ保護も儘ならない。現状、優先すべきは安全の確保ではないかな」
 ファーガスには未だ賊の被害が多く報告されている。戦争によって激化した貧困で、賊に身を落とす者が絶えないのだ。戦禍に喘ぐ地域にこそ支援の手を差し伸べたいところではあるのだが、そういった地域こそ賊が蔓延り治安が安定しないのが悩ましい。一人では生きていけぬ孤児を保護しようとしても、安全の担保がない状況はかえって危険であると言える。
 時折ベレスも素性を隠して賊の掃討に参加しているが、そのほとんどが生きるに困って悪事に手を染めた者であった。孤児院を通じて生活の援助や地域ごとの問題点の洗い出しと改善を進めたいところではあるが、それは孤児院が恙なく運営できていることが大前提となる。孤児院を建てたところで、現在の治安状況では運営など儘ならないだろう。相応の警備を割けなければ、孤児院は賊にとって都合の良い資材置き場にしかならない。
 ベレスの提言にディミトリは顎に手をやり考え込む。ややあって、彼は再び口を開いた。放たれたのは、揺らぎのない明朗な声音である。
「国から騎士団を派遣するのはどうだろうか。協会としては警備に人手を割く必要がなく、こちらとしても巡回の拠点が増えることで目が行き届くようになれば、治安の向上にも繋がると考えている」
 セイロス聖教会に所属する騎士団の数はそう多いものではない。ガルグ=マクから派兵となると難しいものがあったが、ファーガスから騎士団が派遣されるのであれば十分な提供であると言える。大司教を頷かせるに足る提案であった。
「ディミトリ王の提案は教会としてもありがたい。騎士団の詰所についてはこちらで確保しよう。細かな部分は今後詰めていくとして、次は──」
 会談は日が高くなる頃に始まり、日が沈む頃に終わるのが常である。互いの主張を聞いて認め合い、意見が異なれば納得ゆくまで言葉を交わす。互いの正当性を主張し合い、言い負かした方の意見を採択するのではなく、互いが是とするものをいかにすれば最大限に取り入れられるのかを探るために議論を重ねるのだ。それはひどく迂遠な方法ではあったが、ディミトリが目指した理想そのものである。
 かつてこの世の不条理に歯噛みし、それを変革できるだけの力を持たぬ我が身を悔やんでいた彼が、今はこうして一歩ずつ至るべき場所へと進んでいる。そのことが、彼の師であった身として、そして隣を歩む者としてとても嬉しい。
 今回も例に漏れず、会談が終了したのは日が落ちつつある頃であった。すっかりと疲れ切った様子で参加者達が退出していくのを見送りながら、首長二人は顔を見合わせる。
「今回も遅くまで付き合ってくれてありがとう」
「ああ、実りある会談だった」
 互いに大きな前進を感じながら見つめ合っていると、表情の綻びと共に緊張が解れていくのを感じる。煌々と照る夕陽が燃え尽き、空が夜を刷いていくように、気持ちが公から私へと切り替わっていくのだ。胸に灯った小さな火が身を焦がし、じわりと熱を帯びてベレスの頬を染めていく。表情を変えることなく冷静に物事を判じ、議論を交わしていた大司教の姿はもうどこにもいなかった。
「……久し振りに会えて嬉しい」
 恋しかったと、熱を孕んだ瞳が訴えかける。多忙な身であるので、会うことができるのは公務として互いを訪う時くらいだ。今はファーガスが国家として体制を整えるためのとても重要な時期であり、休む暇などどこにもない。眠ることすら惜しいと働き続ける主君に、相変わらずドゥドゥーは頭を悩ませ続けている。ベレスも視察や慰問で方々へ赴き、戦争で荒廃し切ったフォドラを立て直すべく尽力を続けている。やることは常に山積みで、未だ全てに手が回っていない状況だ。蜜月の時など過ごせようはずもない。それでも。国王と大司教という大陸を生かす機構であるとはいえ、人間なのだ。寂しさを覚えないはずがない。
 寂しかった、恋しかった、会いたかった。様々な思いがベレスの胸に去来し、甘く震えるような切なさと共に『愛おしい』という想いを爪痕のように刻んでいく。その念は目の前の男の目がほんの少し細められ、その奥に灯る熱を感じた瞬間に発火するのだ。
「今回はガルグ=マク周辺の視察も行う予定だから、いつもより時間が取れそうだ」
 ディミトリの一言に、ベレスの目が輝く。まるで砂糖菓子を前にした子供のようだが、嬉しいと思ってしまうものは仕方がない。あと少し、もう少しだけと願う気持ちを律して、名残惜しさを堪えながらも澄ました顔で別れる瞬間が最も寂しいとベレスは知っている。ほんの少しだけでも共に過ごせる時間が増えることは、ベレスにとって無上の喜びであった。
 いろんなことをやりたいのだ。他愛ないことを話して笑って、沢山触れ合って。そうして、そうして。この胸いっぱいに蓄えた好きという気持ちを、一片も余すことなく全て伝えたい。胸倉を掴むかのような強引な恣意だ。おかしなことだと思う。既に婚姻関係にあり、色恋などという段階はとうに過ぎ去っているはずであるのに、この男に好きだということを伝えずにはいられない。暴力的なまでの衝動と焦燥。どうすれば伝わるのか。伝えられるのか。縋るように伸ばした手が、しなやかに広がる指先が、外套の裾をそっと掴む。
 どうしたと、優しく問いかける視線が降る。そこで、ベレスは告げるべき言葉を用意していないことに気が付いた。感情ばかりが先走っていると感じながらも、止めることができない。一瞬の逡巡を経て、ベレスは口を開いた。
「明日は外出予定がないから、その……君と沢山愛し合いたい」
 返事はなかった。代わりに青い目が微かに瞠られる。やや驚いた様子のディミトリに、ベレスの中で『浅ましいと思われたのではないか』という不安がむくむくと膨れ上がり、遅れて羞恥と後悔が湧いてくる。飾らない思いであったのだが、言うべきではなかったのかもしれない。
「……いや、聞かなかったことにして欲しい」
 今更になって取り繕おうとするがもう遅い。蒼穹は真っ直ぐにこちらを見下ろしている。理想の王たらんとする男は、他者の声に耳を傾け吐息一つも聞き逃さないのだ。
 身動きが取れない。目を逸らせない。怯懦ではなく、その美しい青から目を離したくないという恍惚にも似た熱く焦がれるような思いだった。甘美な呪縛を身に受けながら、ベレスは青空から降る声を聞く。
「──もう聞いた」
 伸びてきた大きな手が、輪郭を確かめるように頬を撫でた。その間も視線は一度も逸らされることなく真っ直ぐにベレスを見つめている。
 息が詰まる。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。美しく澄み渡った青が降る様を、ベレスは陶然と見上げていた。これから告げる言葉を刻みつけるかのように、指先が緩やかに耳朶をなぞる。その感触を鋭敏に拾い上げ、広がる疼きにベレスは予兆めいたものを感じていた。耳元に寄せられた唇が開く気配、微かな吐息と空気が動く感触すら感じられる気がする。産毛の一本にまで神経が通っているような感覚。熱い血が、全身を巡る。
「今夜、部屋に行くから待っていてくれ」
 体を硬くしたままベレスは頷いた。熱を帯びた瞳がそこにある。ただそれだけで、口づけを交わしているかのように酩酊していく。肌が熱の薄衣を纏うと同時に、目が潤んでいくのを感じた。この男が欲しいと、希う。欲しい。欲しいのだ。何が、だとかそういった理屈ではなく、この男の全部が欲しい。生唾が喉を伝い落ちる感触が、いやにはっきりと残り続けていた。
 目の前にある瞳から、生々しい欲の香がふっと消える。同時に離れていく体温をこの上なく名残惜しく感じた。思わず伸ばしそうになる手をすんでのところで抑えると、よくできたと褒める視線が頭を撫でる。
 外套を翻してディミトリは行ってしまった。扉の外へと出て行く彼は為政者の目をしていた。ああ、なんて、ずるい。残されたベレスは熱を持つ体を持て余しているというのに。今にもへたり込みそうな我が身を叱咤して、精一杯表情を取り繕うとベレスも枢機卿の間を後にする。腹の中で、熾火が赤く静かに燃え続けていた。



 夜も随分と更けて薄闇に包まれた頃、大司教の私室の扉が叩かれる。夜更けに許しもなくこの部屋を訪れることができる者などそういない。扉を開くと、立っていたのは予想に違わぬ人物であった。軽装に着替えたディミトリを部屋の中へと招き入れ、扉を閉めるや否やベレスはその逞しい体に腕を回した。
 伝わる熱が、抱き返す腕の感触が、互いの存在を──そこにいるということを伝えてくれる。その全てが愛おしくて堪らない。割れた破片がぴたりと収まるように、ごく当然のこととして二人は唇を重ねていた。
 互いの唇が触れて、離れて、もう一度触れる。粘膜を触れ合わせるだけであるのに、何故こんなにもぞくぞくとした痺れが広がっていくのだろうか。間近にある瞳に熱が灯っていく。きっと、自分も同じ目をしているだろうことは確かめずとも分かる。
 口付けがこんなにも危うい行為であったなど、ディミトリと交わすまでベレスは知らなかった。互いの吐息を貪りながら、話したいことが沢山あったのだと思惟する。しかし、浮かぶ端から思考はどろどろと溶け落ちていく。そうして、ただ目の前の男だけが欲しくて切なくなるのだ。
 我知らず、ベレスは舌を差し出していた。ぬめりを帯びた感触が絡み合い、肉厚の舌が上顎を擽る。それだけで、ベレスの全身は歓喜に戦慄いた。気持ちがいい。数節振りに与えられる刺激はあまりにも鮮烈で、酒を飲んでもいないのに頭がぼんやりとして体が熱くなる。腿の間がはしたなく湿っていくのが分かるが、止められない。極上の美酒を味わうかのように、ベレスはゆっくりとディミトリの舌に己が舌を絡める。
 ディミトリが部屋を訪れた時から、その大きな背に腕を回した時から、口付けを交わした時から、まるで性行為が始まっているかのような熱と焦燥があった。すっかりとのぼせ上がった頭が、この男を欲しいと訴える。下腹に広がる明確な疼きに腿を擦り合わせていると、不意に唇が離される。寂しい、と反射的にベレスは離れた感触を追いかけるが、心得ているとばかりにディミトリは薄く微笑んだ。
 膝の下に差し入れられた手が、いとも容易くベレスの体を持ち上げる。太い指が膝裏の窪みに触れる、ただそれだけで触れ合う部分から快感が駆け抜けた。落ちないようにしがみ付きながら、そっとディミトリを見上げる。潤んだ視界の中で、熱を孕んだ瞳が真っ直ぐにベレスを見つめている。これから始まる行為の予兆にベレスは胸を喘がせた。
「んぅ……っ」
 縺れ合うように寝台へと倒れ込むと、噛み付くような口付けが降る。質量を持った肉体が己を押し潰す微かな苦しみですらも心地が良い。待ち望んでいたものだった。確かな熱が、そこにある。愛おしい男がここにいる。その事実に胸が震える。
 伝えたい言葉は沢山あった、話したいことが山ほどあった。だが、何一つとして言葉にならない。好きなのだ。愛しているのだ、この男を。ディミトリという人間が、欲しくて欲しくて堪らない。気持ちばかりが急いて、思考は何一つ纏まらない。この気持ちを伝えるにはどうすればいい。この欲を満たすにはどうすればいい。答えが出ないから、ただそこにある熱を夢中で求めた。
 肌を隔てる薄布一枚すら煩わしくて、ベレスは身を起こし自身の寝衣を脱ぎ捨てる。ふるりとまろび出た双つの乳房もそのままに、小さな両手はディミトリの襯衣へと伸ばされた。性急に釦を外す白い指先をディミトリは拒むことなく受け入れる。逸る気持ちに指が追い付かず、何度も縺れさせながらもベレスの指は全ての釦を外し、襯衣の前を開いた。現れた固く引き締まった胸板に、ベレスはそっと頬を寄せる。
 繰り返される鼓動は、少し早い。熱を帯びた体はほんのりと汗を纏っている。自分と同じく、ディミトリも興奮しているのだ。嬉しくて、幸せで。間近にある顔貌を見上げながら、ベレスは逞しい背中に腕を回して互いの肌をぴったりと重ねた。
 柔らかな膨らみが押し潰されて形を変える。互いの体温と息遣いだけがそこにある。自身を抱きすくめる太く硬い腕の感触にベレスは酔い痴れた。ずっと、このぬくもりが欲しかった。焦がれていた。だが、まだ足りない。口を吸い合い、唾液に照る熟れた果実のような唇をベレスはディミトリの首筋に寄せる。
 触れた皮膚の下には、熱い血潮が巡っている。その流れをなぞるように唇を滑らせた。鼻先を掠める髪の感触が、擽ったくも愛おしい。浮き出た筋を辿り、甘く鎖骨を食む。辿り着いた厚い胸に口付けて、ふと──彼がいつもそうしてくれるように、ベレスはその先端を口に含んだ。ぴくり、とディミトリの体が微かに跳ねる。
「嫌だった?」
 唾液を口端に滲ませながら見上げるベレスに、ディミトリは緩く首を振る。
「……少し驚いただけだ。お前がしたいのなら、何をしてもいい」
 許しを得て、ベレスは乳を求める子猫のように再び胸に吸い付く。ディミトリはどのように触れていただろうかと記憶を反芻し、少し固い先端を舌でねぶり、甘く食んでは吸い上げる。もう片方を指先で転がしては捏ねて、押し潰される時に得も言われぬ快楽が迸るのだ。
 じゅわり、と下腹が蜜を吐き出す。触れているのはベレスであるのに、まるで今、ディミトリに触れられているかのように乳房の先端が疼きだしていた。法悦交じりの甘い息が漏れ出すのが止められない。どうして、と思いながらも乳嘴は硬くしこっていき、大きな手が髪を撫でる感触にさえ体が震える。
「あぅ……!」
 すっかりと敏感になった乳頭を不意に硬い感触が掠め、ベレスは思わず声を上げた。見れば、ディミトリの下衣が張り詰めて、内にあるものの形を顕わにしている。視線を上向けると、目元を紅潮させながら熱い息を繰り返す愛しい男の姿。
 ──あっ、と思うと同時に、子宮が疼いた。
 自分の拙い愛撫にも、ディミトリは快感を拾い上げてくれていた。そのことが堪らなく嬉しい。彼がこの体に触れる時も、同じように喜びを感じてくれているのだろうか。愛液を零している入口がきゅんと狭まるのを感じる。
 もっと触れたい、もっと気持ちよくなって欲しい。硬い腹筋の窪みに口付けながら、ベレスは唇を更に下へ落とす。緩く勃ち上がった性器が、布地の下で窮屈そうに存在を主張していた。服の上から唇を這わせると、びくびくと震える様子が可愛らしい。生地越しに感じる熱気と、立ち上る雄のにおい。自分を征服する、男のにおい。
 欲しい、と望むままに、ベレスはディミトリの下衣を寛げた。
 ぶるり、と勢い良く飛び出した赤黒い男根が、ベレスの頬を掠めながら天を仰ぐ。血管の浮き出た太い幹の先にあるのは大きく張り出した笠。根元に下がる、ずっしりとした陰嚢。ともすれば凶器のようなそれが自身の中に収まってしまうのは俄かに信じがたいことであるのだが、ベレスは目の前にあるものが与える目も眩むような快楽を知っている。口内に生唾が溢れていくのを感じながら、ベレスはいきり立つ怒張に舌を這わせた。
「なっ……そんな、ところ……ッ!」
 予想外の刺激に顔を歪めながら、ディミトリがベレスを制止する。汚い、と言いかけた声は最後まで音になり切れずに止まってしまった。ベレスが張り詰めた陰茎の裏を根元からゆっくりと舐め上げる間、ディミトリは息を詰めて耐えるしかできない。噛み締めた歯の隙間からは荒い息が何度も繰り返し漏れ続けていた。
「汚くても、君のだから触りたいし……こうしたい」
 大きくとても全部は入りきらないその先端を、ベレスは躊躇うことなくぱくりと咥えた。熱い口内で濡れた舌がつるりとした敏感な部分を這う。ぬるついた唾液を被せ、割れ目の部分を刺激して軽く吸い上げるとがくがくとディミトリの腰が跳ねる。短い呻きを漏らしながら震える姿は初めて見るもので、顔を赤らめながら息を荒げる表情の淫靡さに、思わずどぎまぎとしてしまう。
 もっと、見てみたい。そんな欲望が湧き上がり、ベレスはディミトリを見上げながら竿を緩やかに扱き上げる。伏した睫の下で欲情を湛えた瞳がベレスを真っ直ぐに見つめており、醸し出される色香に下腹がじんと痺れた。もっと、触れてみたい。もっと、気持ちよくしたい。いつしかベレスの呼吸も熱く乱れてゆき、体が茹で上がる。自身の手が先走りに濡れていく様がひどく淫らで、背筋を瑞々しい興奮が駆け抜けた。手の中にあるものがより大きく、硬く張り詰めてゆくたびに、触れられていない狭間が勝手に潤みだす。ああ、もっと。
「すまない、っ、もう……!」
 焦りを孕んだ声と共に、ディミトリの手が性器を扱くベレスの手を止める。肩で息をしながら瞑目し、出そうだとディミトリは続けた。すぐさまベレスは脈打つものから手を離す。それは困る。だって──
「いやだ、君のはぜんぶ……中に欲しい」
 小さく柔らかな手が、大きな骨ばった手を握ってねだる。強い力でその手を握り返しながら、自身を落ち着けようとディミトリは乱れた呼吸を繰り返していた。薄く開かれた目の下では、ぎらぎらとした欲望を必死に押さえ付けている様子が垣間見える。睫の面紗の向こう側で、剝き出しの苛烈な欲を孕んだ視線が真っ直ぐにベレスを射貫いており、まるで捕食されているかのようだと興奮に震えた。同時に、そんな荒々しい情を必死に自分のために押さえ付けてくれているのだと思うと、胸の中をあたたかなものが満たしていく。
 その欲望を、余すことなく叩き付けられたら──どうなってしまうのだろうと考える。凶暴な情でさえ、全て受け入れたいと願ってしまう。彼の与えてくれるものであれば、全部欲しいのだ。綺麗なものでも、汚いものでも、何だって。求め縋るように、ベレスはディミトリに抱き付き豊かな膨らみを押し付けた。
「……来て、ディミトリ」
 耳元で囁かれるのは、淫猥で、それでいて純粋な切なる願い。間近で息を呑む気配がする。ややあって、躊躇いを孕んだ両手がベレスの背を優しく寝台へ縫い留めた。
「あまり煽らないでくれ、抑えが利かなくなる」
 熱情を孕んでいながらも真摯な瞳がベレスを見下ろしている。そんな目を自分がさせているのだということに、堪らなく興奮した。ああ、欲しくて欲しくて堪らない。この身を割り開き、押し入ってくる圧倒的な質量と、熱に浮かされた青く美しい瞳が切なげに眇められる瞬間が。この男の、何もかもを独占してしまいたい。腿に触れる硬い感触に、熱い息が零れ落ちる。
 大きな手がベレスのたわわに実った膨らみを性急に掴む。あまり加減が利かないのか、いつもよりも胸を揉みしだく手の力が強い。沈み込む五指の間から乳房が溢れ、少し痛みを感じたが、それすらもベレスを燃え上がらせる刺激となった。求められているのだ。自制が利かないほどに、激しく。与えられる刺激と痛みが、欲望の狭間で揺れている目の前の男が愛おしかった。
 薄く乾いた唇がそっとベレスの乳房を食み、色付いた先端をぱくりと咥える。昼間は真剣な顔つきで議論を交わしていた男が、今は情欲を湛えた顔でベレスを見ている。臣下に鋭く指示を出していた口が、ベレスの胸を懇ろにしている。陽の下で見る姿と、薄闇の中で見る姿との違いに眩暈がしそうだ。
 ともすれば赤子が乳を求めるかのような行為であるが、赤子はこんな蠱惑的で危うい目をしていない。それはベレスの官能を呼び起こし、情欲を搔き立てるための淫らな行為であった。
 湿った舌が、乳暈を繰り返し撫でていく。じわじわと快感が蓄積していくが、決定的な刺激は与えられずに焦らされたままだ。ちゅくり、ちゅくりと唾液が混ざる音が微かに漏れて、淫猥な気持ちが煽られていく。焦らされて、焦らされて、ベレスの腿がもじもじと擦れ始めた頃に、尖った舌先が硬く熟れた先端を弾いた。ぞくり、と電流のような刺激が走り、しとどに下着を濡らしていく。唾液を纏った舌が乳首を捏ね回し、もう片方の乳房の先端を硬い指先が扱く。両の胸を弄られ、吸われて押し潰すようにされると、どうしようもない悦楽が広がり、ベレスはあえかな声を上げながら身をくねらすことしかできない。完全に翻弄されていた。
 ベレスは荒い息を繰り返す。大きく上下する重たげな胸の先端が、淫靡に艶めいて揺れていた。身を起こしたディミトリは、ベレスの腿を持ち上げ伺いを立てるように脹脛に口付けを落とす。むっちりと突き出した乳房の間からベレスが物欲しげに視線を送ると、唇はゆっくりとせり上がり、腿を辿っていく。
 体温なのか、皮膚の具合なのか、それとも触れ方が恐ろしいまでに巧みなのか。ディミトリが触れるといとも容易くベレスの体は発火する。そのことがベレスはいつも不思議でならなかった。今この瞬間もベレスの肌は熱を持ち、痺れるような快感が触れられた場所から広がっていく。思わず小さく声を上げてしまったが、既に音の響きは蕩け切っている。
 ディミトリの唇が、腿の付け根にある下着の結び紐に到着した時、ベレスはほんの少しの焦りと確かな期待に唾を飲んだ。この結び目が解けてしまえば、隠されていたものが露わになってしまう。下着の中が既に濡れそぼっていることは、触れる感触からよく分かっていた。そんな場所を、ディミトリに見られてしまう。
 ほんのりとした羞恥と、自分もまた快感を得ていたのだということを知って欲しいという気持ちがあった。紐の端を咥え、噛み締めて軽く引っ張ると、頼りない結び目は簡単に解けてしまう。ディミトリの目が、つぶさにベレスの反応を観察していた。まるでベレスの考えを見通しているかのように。ああ──見られてしまう。
 ベレスの前を覆っていた薄布は、粘ついた糸を引きながらはらりと落ちる。生地の内側は吸いきれない蜜にべっとりと濡れており、光を照り返して艶めいている。新たに溢れた蜜が緩慢に入口を伝っていく感触が、ベレスの羞恥と興奮を更に煽った。
 澄んだ蒼穹の視線が秘裂を撫で上げる感触に、花弁はひくりと反応してしまう。滾々と蜜を零し、ぬらぬらと照るその場所へ、ディミトリは躊躇うことなく顔を寄せた。あっ、と思う間に襞の間を鋭い刺激が走り、体が跳ねる。薄い叢を掻き分けて、触れるか触れないかの力加減で舌先が襞を撫でた。広がる愉悦に思わず脚を閉じそうになるが、大きな手に阻まれて敵わない。
「あぁ……っ!」
 逃げられない。この快楽から──この男から。ぞくぞくと震えるような快感が駆け上り、声が出るのを止められない。舌が花弁を割って、ぬめる花蜜を纏いながら中を浅く潜る。熱く蕩けた蜜窟は逃がすまいとして舌を締め付け、舐め取られたそばから濡れていく。
 気持ちがいい。止まらない。どっと汗が噴き出した。胎の中がじんじんと痺れていて、どうにかしたくて腰が勝手に動いてしまう。思考が一つずつ剥がれ落ちていく。
 潜っていた舌が甘い抱擁を抜け出し、既に勃ち上がっている花芽を撫でた瞬間、逸楽に視界が白んだ。ざらりとした舌が、ぬめりを伴って陰核を優しく刺激する。舌先で捏ねられ、唇で甘く食み、軽く吸い上げられて、気持ちがいいことしか考えられない。息つくことすら儘ならないまま、甘やかな喘ぎが引きも切らず上がり、まずい、と思った時にはベレスは喜悦の声と共にあっさりと絶頂から飛んでいた。
 目の焦点が合わない。浮遊感にも似た虚脱に包まれながら、ベレスは忘我の淵を漂う。乱れた息を繰り返す最中にも、優しく甘い口付けが降る。呼吸が整うのも待たず、与えられた唇を求めるがままに貪った。互いの体液が混ざりあった不思議な味。息苦しいのに心地が良く、幸せだとすら感じる。そうしてぬるま湯に浸かっていたベレスの思考は、突如齎された鮮烈な刺激にあっという間に霧散する。
「え? あ……ふ、あっ……!?」
 ディミトリの指が、ベレスの花弁の内側、秘された奥へと忍ばされていた。肉体と意識が乖離したままの状態で与えられる性感は、ベレスの頭と体をめちゃくちゃに乱していく。そんなベレスを追い遣るように指は中で蠢き、深い口付けと共に口内が蹂躙される。口を吸う合間に喘ぐだけの生き物にされてしまう。
「……久し振りにしては随分と柔らかいな」
 浅い部分で指を動かし、ぬちぬちと水音を立てながらディミトリが問う。その声が険を孕んでおらず、甘くさえあるのは、答えを彼が分かっているからなのだろう。分かっていながら問いかけるのは、ベレスの口からその答えを聞きたいからに他ならない。真っ直ぐな視線が、逃がさないとばかりにベレスを射貫いていた。ひどい、と思いながらも拒めない。寧ろ、自分がどんな思いを抱えていたのかを知って欲しいとすら思う。快感の波に揉まれながらベレスは口を開いた。
「きみとっ、会えない間……さみしくて……っ! 自分で、していたから……あぁ……!」
 ぬぷり、と太く硬い指が圧迫感を伴いながら深く埋没する。自分の指とはまるで違うその感触を、ベレスは歓喜のままに食い締めた。指の数を増やしながら、ディミトリの指は腹側のざらりとした部分を押し上げる。
「なら、覚えておくといい。お前はここを触られるのが好きなんだ」
 何度も執拗にその場所を擦りながら、ディミトリは囁きかける。だが、ベレスにそれを覚えていられるような余裕はない。分かるのは、自分の痴態を見つめるディミトリの視線。教え込まれる快楽。目で、耳で、体で、自らを犯す男が誰であるかを教え込まれる──分からせられる。
 自分の中にもう何本指が入っているのか分からない。そんな風に体を作り変えられてしまったのだ、目の前の男によって。ただただ意味をなさない音を喉から発しながら、それでもベレスは回らない頭で必死に言葉を振り絞った。
「だめなんだ……きみ、っじゃないと……! きみじゃないと、だめなんだ……!」
 自らの指で慰めても寂しさが募るだけで、ただ渇いていくばかりだった。ディミトリに触れられるから、満たされる。目の前の熱く愛しい肉体を抱き締め、包み込まれている時が幸せだと思う。駄目なのだ、ディミトリでなければ。ディミトリだけなのだ、ベレスの体に火を灯し、心を満たせるのは。
「……だから、はやく、来て」
 ただ目の前の男を求め、両手を伸ばした。
 熱く滾る先端が、柔らかな襞を捲る。ひくひくと物欲しげに口を動かしている入口に、水音を立てながら欲を伴った硬く太い塊が触れる。ずっと、欲しかった。逞しい両腕がベレスを掻き抱き、重い体躯がのしかかる。ずっと、ずっと、欲しかった。待ち焦がれていた。それが今、与えられる──
「は、あ、あぁ、ぁ……う!!」
 ぬちゅりと幾つも襞を捲り上げながら、長大な屹立が隘路を拓いて埋没していく。己を穿つ圧倒的な質量に媚肉は喜び絡み付き、蜜を垂らす口は激しく収縮する。何かを思うよりも早く、あっという間にベレスは高みへと追い上げられて再び飛んだ。
「っ、凄いな……一突きで中が降りてきた」
 荒い息を吐き出しながら、ディミトリが呟いた。ベレスは何一つとして思考が儘ならず、何も考えることができない。視界がちかちかする。頭の中がふわふわする。話したいことが沢山あるはずだった、伝えたいことがあるはずだったのだが、もう何も分からない。全ての思惟を剥ぎ取って、何も纏わず飾らない、ただ一つ残った裸の思いをベレスは口にする。
「好き。君が好き……ディミトリが好き……好き……」
 立場や体面、取り巻く全てを脱ぎ捨てて、ただ一つ伝えたい鮮烈な感情を言葉に乗せる。好きなのだ。心が震え、涙が出てしまうほどに。
 ぼやけていた視界がゆっくりと像を結んでいく。そうして開けたその先で、男は微かに目を瞠っていた。やがて青い目は切なげに細められ、言葉を探して唇が戦慄く。この胸にあるものを、どう吐き出していいのか分からないのだ。
 きっと、幾万も、幾億も、どれほど言葉を重ねようとも、この想いの全てを伝えることなどできないのだろう。それでも伝えたくて、言葉を探す。言葉にならなくて、肌を寄せ合い体を繋ぐ。少しでもいい、この想いを伝えられればと願いながら。
「──ああ、愛している」
 熱情を秘めた声音でただ一つを告げて、それ以上の言葉を奪うようにディミトリはベレスに口付けた。唇を重ねて、肌を合わせて、互いの存在を一番近くで実感できるこの瞬間がベレスは好きだ。体を穿ち、息衝いている、熱い塊。ディミトリが、自分の中にいる。喜びと共にじわじわと快感がせり上がってきて、思わず中にあるものを締め付けてしまう。すると、その形と脈打つ様がはっきりと感じ取れて、迸る愉悦が更にベレスを高みに追い遣る。食い締めていたその猛りが一層嵩を増した時──ああ逃れられない、と理解した。
「あぁあ……っ!」
 甘くどろどろに煮詰めて形を無くした声が、自身の喉から発せられるのをベレスは聞いた。ああ駄目だ、気持ちがいい。とても、気持ちがいい。逃げ場がない。ただ熱い剛直を咥えているだけなのに、快感が広がっていく。ディミトリを中に受け入れているという事実に興奮する。
 大きな手が、ベレスの肋を撫でて体の線をなぞる。そうしてくびれた腰を掴んだ時、訪れる予兆にベレスは息を呑んだ。ずちゅり、と音を立てながら押し込まれた先端が更に奥を穿つ。膣内をみっしりと満たすものがずんと重く子宮口を叩き、押し付けるようにしてぐりぐりと抉られる。息を詰め、声にならない音を発しながら、ベレスは激しく身を震わせた。こんな大きなもので穿たれて痛いはずなのに、眼前で火花が散るような喜悦が全身を巡る。自分の体が、自分のものでなくなる。征服される。だが、ディミトリにされるのなら怖くない。
 自身を苛む圧迫感が、ずるりとベレスの中から去っていく。奥に入ったままで形が馴染んでいたものだから、無数の熱い濡れ襞を雁首が擦れて信じられないほどの快感が広がっていく。ディミトリにされることなら何も怖くはなかった。ただ、自分が一体どこまで乱れてしまうのか分からないことが、ほんの少し怖い。
 いきり立つ欲望が、入口から奥まで一気に体を貫く。夥しいまでの快感がベレスを苛んだ。内蔵がせり上がるような圧迫感。だが、それが愛おしい。熱く蕩けた膣肉が激しく蠢動し、押し入ってくる猛々しい男根にむしゃぶり付く。浅い所と深い所を何度も何度も擦られて襞が捲り上げられ、ベレスは自ら腰を擦り付けてしまうのを止められない。きゅうきゅうと性器を食い締める蜜口からは、まるでご馳走に涎を垂らすかのように甘露が溢れては滴っていく。自分の口から一体どんな音が出ているのかもう分からないが、過ぎた刺激にずっと喉が開いていることだけは分かる。
 自分だけを見つめる、切なく眇められた目。熱に浮かされた青く美しい瞳。甘く掠れた声が、名前を呼ぶその瞬間。汗みずくになって肌をぶつけ合いながら、自身の奥深くを拓く楔と共に、ベレスは満たされる。そして、自分の中で燃える激しい欲に気付かされるのだ。
 ディミトリが欲しい。心も、体も。その未来も。彼を構成するあらゆるものが欲しいのだ。彼の一部を自分の中に受け入れていると、まるで頭からぱくりと食べているかのような気分になる。一つになりたいわけではない。ただ、何もかもを独占してしまいたい。自分の中に息衝くこの衝動を、欲望を、ディミトリは知っているのだろうか。たとえ知られたとしても、離すことなどできないのだが。
 抱き締めるように、中がきつく締まった。熟れて蕩けた襞が蠢いて、怒張に絡み付き精が欲しいとねだる。短く息を詰める音と共に腹の中にあるものが脈打ち、奥を激しく突き上げられる。どちゅりと捻じ込まれて押し寄せる法悦に意識が飛びそうになり、迸る刺激に呼び戻される。体はずっと痙攣しており苦しくすらあるが、白黒する視界の中で捉えた一心不乱に己を揺すぶる男の姿が愛しくて堪らない。快感に染まる貌が、名を呼ぶ声が、繋がる感触が、触れ合う熱が、確かな愛情を伝えてくれる。最奥で勢い良く吐き出される熱を感じながら、この人の子供を産みたい、とベレスは思った。
 荒い呼吸を繰り返しながら、自分の中に迸った熱が流れてゆくのを陶然と受け止める。肉体の感覚は曖昧で、意識は忘我の境を彷徨っている。まるで体が輪郭を失ってしまったかのようだ。
「……すまない、加減ができなかった」
 ばつが悪そうに告げるディミトリの頬は少し赤い。柔らかな唇がベレスの額に触れ、ひどく優しい手つきで髪を撫でる。先程まで激しく交わり合っていたことが嘘のようだ。
 触れ合う熱と、息つく間もなく押し寄せる波濤。ベレスを求め、夢中で穿つディミトリのひどく官能的な姿。思い出しただけで頭の奥が痺れ、恍惚としてしまう。腹の中で妖しく炎が揺らめき、熾火がベレスを熱く燻ぶらせていく。未だ自分の中に残ったままのものを思わず食い締めてしまい、眼前にある整った顔が微かに歪んだ。
 互いの目に熱が灯っていく。頬を撫で、眩い金髪を優しく梳きながら、そっとベレスは脚を絡めてねだった。
「もっと、欲しい……ディミトリが欲しい」
 剥き出しの欲望を曝け出して、希う。この熱を静められるのは、この欲を満たせるのは、ディミトリしかいないのだ。吸い寄せられるように重なった唇が、深く互いを求めだす。ああ、ディミトリが欲しい。もっと、もっと。全身が燃え上がり、目の前の男を求め疼きだす。
 ディミトリはベレスの耳朶を食み、舌と共に甘い囁きを捻じ込んだ。
「──ああ。くれてやる、いくらでも」
 のしかかる肉体の重みに、幸せを感じる。再び始まった律動に揺すぶられながら、ベレスはディミトリの背を強く強く抱き締めた。