瀉血

FE風花雪月その他

 醜態を晒した。
 大聖堂を出て、逃げるように歩を進める背を讃美歌が追いかけてくる。彼女は今頃、居るのか居ないのか分からない女神に祈っているのだろうか。他人のために願いを捧げているのだろうか。祭壇の前で静かに祈る姿が思い浮かび、ひりつく焦燥が胸を焼く。御し切れぬ己が心に腹が立つ。舌打ちでもしたい気分だ。
 あなたの傷を見せてと彼女は言った。引っ込みが付かなくなって話した自らの境遇を、彼女は黙って聞いてくれていた。紋章、紋章、紋章。それだけしかない、糞みたいな人生だ。紋章、紋章、紋章。それ以外は何もない、糞みたいな人生だ。
 こんなもの、欲しくなかった。欲しくなかったのだ。捨てられるものなら捨ててやるから、俺の人生を返してくれ。家族を返してくれ。兄貴を返してくれ。俺という人間を返してくれ。これまで鬱屈と積もり続けてきた憎しみは、発火し燃え上がる。どろどろに溶けたそれが全身を巡り、行き場をなくして荒れ狂っていたところに齎された捌け口は、俺から理性を容易く奪った。
 ずっと、ぶちまけてしまいたかった。痛んだ臓腑が血を吐くように、恨みつらみが溢れて止まらない。止めることができない。自分が歪んでいくことが辛い。
 ごめんなさい、と。まるで痛みを堪えるようにそう告げた彼女に、はっとした。
 自分は今、彼女に縋っていたのだと。
 彼女なら受け止めてくれるのではないかという甘えがあった。そんな自分に気付いた。彼女も同じく紋章に苦しんだ人間だというのに、自分の傷を押し付けた。彼女もまた、救いを求めている人間だというのに!
 ああ反吐が出る! 反吐が出る! 反吐が出る!
 無様な自分を晒してしまった。自分という本質を晒してしまった。彼女を救う? できるはずがない。今まで俺は自分を全部飲み込み、へらへら笑う人生しか送ってこなかったというのに! 傷の舐め合いすらできやしない。俺に誰かの傷なんて重い荷物、背負うことなんてできる訳がない。
「……シルヴァン」
 凄く怖い顔をしている、と先生に呼び止められた。自分は今一体どんな顔をしているのだろう。分からなかった。ああ、腹が立つ。どうしたのかと先生が問いかける。そんなこと、俺が一番知りたい。思惟しながら、吐き捨てた。
「──ああちょっと、知り合いから安い同情を貰ったんですよ」