六道輪廻、比翼連理

その他蝶の毒華の鎖

秘めた想いエンド軸


 炎のような情欲を分け合って、蕩ける快感を味わって、畜生よろしく交わり続けて残るものは何もない。腐った血の連鎖はここで二人朽ち果てることで終わるのだと、ずっとそう思っていた。だからこそ俺は彼女に熱を注ぐことができたのだろうし、何も告げずに愛することができたのだ。
 だが、過ちに対して、等しく罰は与えられる。たとえそれが、どれだけ残酷なものであろうとも。



「ただいまー」
 いつものように我が家の戸を潜れば、待ちかねたように駆けてくる足音。まるで犬のようだと微笑ましくなる。
 自分が家なんてものを持つなどと思いもしなかった。だが、ここは俺にとって何もかもを脱ぎ去った『真島芳樹』で居られる場所であり、愛すべき妻が待つ『帰る場所』なのだ。ここを守る為ならば何だってできるし、鬼にでも悪魔にでもなれるのだろう。
「お帰りなさい、芳樹さん!」
 ぎゅっと抱き付いてくる百合子は弾けるような笑顔を浮かべている。いつも元気で太陽のように明るい人だと思うが、今日は一段と眩しく、嬉しくて嬉しくて仕方がないといった様子が伝わってくる。彼女の悲しみは全て遠ざけ、喜びは共有したい。喜色満面といった頬に触れながら、彼女の目を見てご機嫌の理由を問いかける。
「百合子、今日は随分と嬉しそうだね。何かいいことでもあった?」
 すると、彼女は蕩けるような笑みを浮かべて瞳を潤ませた。ふっくらとした肌の下で牡丹が咲いたかのように、白い頬が上気していく。その姿に、何故か俺は感じるはずのない悪寒を覚えた。何故だろう、言葉の続きを聞きたくない。
 熟れた果実のような瑞々しい唇が開いていく様を、俺はただじっと見ていることしかできなかった。自分の中のこの嫌な胸騒ぎが杞憂であることを心の底から願いながら。

「子供ができたの」

 そう告げられた瞬間の俺は、どんな表情をしていただろうか。言葉の意味を理解したくなかった。
 他の男の子なのでは、と考える。だが知らずのうちに監視を受けている百合子に、そんなことができる訳がなかった。彼女が不貞な行いをすれば、忠実な部下は迷うことなく俺に報告をするだろう。そんなこともなければ、俺の目から見た彼女にも変化はない。ならば、認めざるを得ないのだ。この信じがたい現実を。
 百合子は、妹は──俺の子を孕んでいる。
 そんな馬鹿な、と崩れ落ちそうになる。腐った血の呪いは、こうも脈々と受け継がれてしまうものなのか。ここで終わりにしようと、そう決めたはずなのに。一番それを忌んでいたはずの俺が、こうして過ちを繰り返す。これは一体何の仕打ちだ、と叫び出したくなった。
 反応がない俺に不安になったのか、百合子が眉を下げながらおずおずと声をかけてくる。それだけで、今ここで舌を噛み切って死にたくなった。俺は、この体に流れる血の系譜に、はっきりと彼女を巻き込んでしまったのだ。一番遠ざけたいと願っていた、愛おしい百合子を。
「芳樹さん……?」
「ああ、ごめん! びっくりしちゃってさ! 百合子が俺の子を身ごもってくれたなんて……」
 力強く、彼女を抱き締める。ふわり、と百合の香りが漂った。百合子と俺の子供なら、一体どんな香を纏うのだろうとふと思った。この血に受け継がれた特殊な体質、同じ血潮が流れているのだという証左。
「ここに、俺の子が居るんだね……」
 まだ平らな腹を撫でながら、俺の頭の中には鬼灯の画が浮かぶ。あれの根を干したものを煎じて、と具体的な図が展開していく。ああ、ああ、俺はやはり最低だ。俺は必死に腹の中の子を殺す算段をしているのだ。欲望のままに妹を抱いたのは俺なのに、その責を腹の子に移そうとしている。それはかつて俺が殺したいほどに憎んだ身勝手な大人の姿そのものであった。
「そう。芳樹さんの子が、私の中にいるのよ」
 腹を撫でる手に、百合子の手が重なる。百合子は、妹は。俺の手によって女になり、そして母になろうとしているのだ。ああ、俺は。俺は。
「百合子が……俺の子を産んでくれる……」
「ええ」
 彼女がその細い腕に小さな赤子を抱いて乳を与えている。穏やかに微笑む百合子の、母親の姿。脳裏に浮かんだその姿に、俺は激しく咽び泣きたくなった。その激情が一滴、眦から溢れて落ちる。ああ、やはり俺は最低だ、悪魔のような男なのだ。これがどういうことなのかを分かっていながら、俺は。俺は。


 それでも俺は、彼女にその子を産んで欲しいと願ってしまっている。