ラストトーチカ

コードギアスその他

 扇首相からいただいたものです、ゼロもどうぞ。そう言って差し出されたものは故郷の香の物であった。それに想起されたのは、幼少の頃の記憶ではなく、クラブハウスでの記憶だった。‬
‪ 招待された先で振舞われたのはプロ級の和食。そこに添えられた漬物に、よく手に入ったねと驚きのままに呟くと、彼は鼻高々といった様子で自分が漬けたと言ったのだ。‬
‪ 凝り性で何でもこなしてしまう彼のことだから不思議はないが、そこまでこだわることに驚きと少しの呆れを感じたことを思い出す。食べてみるとこれがやはり美味しいもので、素直に賛辞を述べると彼は満足げに笑って、自慢のレシピを教えてくれたのだ。‬
‪ ふと懐かしくなり、漬けてみようかと気まぐれに考えた。米糠から始まりそう多くない材料と分量を思い出す。流麗な字で綴られていたメモの内容は、何度か読み返すうちに覚えてしまった。そういえば、自分で漬けた漬物を食べた記憶がない。今と同じようにふと思い立って作った記憶はあるのだが、何故だろうと考えて、糠床を捨ててしまったことを思い出す。手入れをする暇がなくて痛んでしまったからではあるが、何よりも彼に関する全てがどうしようもなく憎くて、無性に苛立ったからでもあった。‬
‪ 遠い昔のことにも思える出来事を思い出しながら、糠床に手を入れる。あれから、今まで。一瞬のようにもとても長かったようにも思う。自分という存在を喪ってから、時間の流れが希薄に感じる。それは中心を占めていた彼という存在がなくなってしまったからなのかもしれない。‬
‪ 教わった時のことを思い出し、その動きをなぞるようにかき混ぜる。振舞われた時の野菜を思い出して、糠床に沈める。トマトなんかも漬けられると聞いた時は驚いたものだった。彼もこうして糠床を回していたのだろうか。‬
‪ ようやく浸かった野菜を取り出して、胡瓜を一口。ぱりりとした食感はあの時と同じなのに、舌の上に広がる風味は記憶のものと一致しない。何かが違う、と思うのにそれが何なのかがよく分からない。レシピも漬け方も同じはずなのに何故なのだろう。考えて、作り方を教わった時に彼が言っていたことを思い出す。‬
‪「材料も作り方も同じでも、作った人間の体温や混ぜ方で味が変わるんだ。この味が食べたいなら、またここへ来るといい」‬
‪ ナナリーも喜ぶ。そう続けられた言葉の、なんと残酷なことだろう。‬
‪ 君じゃなきゃ駄目なんじゃないか。その呟きを聞く人間はどこにもいない。彼がいなくなっても、世界は回る。お腹は空くし喉は渇く。眠れば明日はやってくるから、彼がいなくても世界が終わったりはしないのだ。‬
‪ 呪いのように、君の影がふとした時に付き纏う。君の姿を探している。‬
‪ なあルルーシュ、僕は君の声が思い出せないんだ。‬
‪ その記憶は残っている、顔もまだ思い出せる。だが、その声がうまく思い出せない。無意識の海に浚われていく。そのことを、喜ぶべきか悲しむべきなのか、僕はまだ分かりかねている。‬
‪ 君の顔も思い出せなくなってしまうことが、君のいない世界が当たり前になってしまうことが、僕はとても怖いのだ。記憶の中にある味と、今のこの味が、いつか溶け合って分からなくなってしまうのだろうか。いつか訪れるであろうその時、僕は何を思うのだろう。‬
‪ 抜け落ちていく記憶の破片。もういくつ落としたかは覚えていない。それでも僕は仮面の下で、あの日頬を撫でた血塗れの君の手を思い出す。あの日受け取った願いを抱き続ける。‬
‪ 永遠に、永遠に。