ごほうびのはなし

FGOその他

マシュとロマニとおまんじゅう(終局特異点の内容を含みます)


 以前、先輩のために用意していたご褒美をドクターに食べられてしまったことがあった。それを知った時、私は思わず彼を詰ってしまったのだけれども。
「いいですか、ご褒美は頑張った人のためのものなんです」
「……はい」
 がっくりとうなだれ、とても困った様子でばつが悪そうに目を閉じる様子に、なんだか毒気を抜かれてくすりと笑ってしまったことを思い出す。
 あれから、ドクターが抱えてきた沢山の苦労の一端を知り、私達が彼らの尽力でいかに生かされてきたのかを思い知った。だから、最後の特異点を迎えたその日、私は先輩のものとは別にもう一つ、おまんじゅうを用意しておいたのだ。
「ドクター、今まで沢山の尽力ありがとうございました。今回はドクターの分もおまんじゅうを用意していますので、帰ってきたら先輩と一緒に食べましょう」
 頑張った人へのご褒美、です。そう言うと、彼は驚いたように目を瞠った後、ひどく穏やかに破顔した。
 彼は、いつもどこか困ったような笑みを浮かべる人だった。それは今も同じように、少し眉尻を下げたよく見る表情のはずなのに、何故かこの時は形容しがたい違和感を覚えたのだ。違和感、というには少し違うかもしれない。ただ、いつもと何かが違う。漠然とそう思った。今でも私はこの時感じたことを形容できそうにないし、きっとこの先それが何であったのかを分かる時が来ることはないのかもしれない。
「ありがとう、マシュ」
 そう言ったひどく優しいドクターの声音を、私は忘れることはないだろう。


 終局特異点からの帰還。勝ち取った未来と、なくしたもの。先輩から聞いた彼の最後の姿。いつからか、ドクターはこうなることを予見していたのかもしれない。隠されてきた真実と、その重さ。それを抱えながら、彼は私達を、カルデアを支え続けた。それはとても、悲しいくらいにドクターらしい選択だった。
「あなたはいつも、本当に空気が読めない……」
 食べようと約束していたご褒美は、先輩とドクターの二つ分。そのうちの一つが、手を付けられないまま残っている。二人がこれを食べる姿を見るのが、私に残したご褒美だったというのに。
「ご褒美は頑張った人のためのものなのに」
 人理修復の朝。ご褒美の味は、甘くて、しょっぱい。