Error 404

FGOその他

 自分の名前は何であったか。どんな顔をしていただろうか。男だったか女だったか。
 曖昧な自己は気が付けばふとした拍子に分からなくなる。こうだったと思い出しても、それが本物かどうかを確かめる術などなく、常に自分の存在に疑問を抱えて生きている。今生きている自分は本物とはかけ離れた姿で、間違った姿を自分だと認めているだけなのでは、とさえ思えてくる。自己像幻視とはよく言ったものだ。
 私──違った、僕だね。うん? いや違う、俺でしたね。こうじゃない、俺だな。そうだ、俺の口調はこうだった。危ない危ない。とまあこんな感じに散らばった俺をかき集めてる訳だが、どっかにいくつかパーツ落としてんだろなぁとは思う。
「君のいいところ!」
 突然顔を覗き込んできて、今の主である少女はそう言ってきた。一体何がどうしたと面食らっていると、べし、と両手で顔を包み込まれる。いよいよもって何が何だか分からない。
「顔がいい! 何だこの色男! 切れ長の目がクールな印象なんだけど、表情豊かで実は人懐っこいギャップがお姉さんグッときます!」
 なんだこいつは、というのが率直な感想である。
「はあそりゃどうも」
「名前がいい! 青燕って字面がもう爽やか!」
 言い終わらないうちに捲し立てるように声を被せられ、驚きと呆れが胸中を満たす。自らの主となる人間はどうにも人の話を聞かない人間なのかもしれない、と最早諦念に近いそれが頭をよぎっていった。
「体がいい! 引き締まった体に豪奢な刺青が良く映えます! というかこれだけ長い髪なのに何でこんなに綺麗なんですかね! 悔しいので使ってるシャンプー教えてください!」
 頬を覆っていた手は、今度は髪を梳いている。突如始まった主の奇行は留まることを知らない。後でメディカルチェックを受けさせた方がいいのかもしれない、とやや本気でその身を案じる。身体というよりも、主に頭方面ではあるが。
「性格が……いい?」
「そこは断言しないんだねぇ」
「いやまあいい性格してると思うよ。いい子だ! なんで君の特性は悪なんだろうね? ものすごく義理堅い子でお母さん涙を禁じ得ません!」
 今日の主はどうも随分ご機嫌なようだ。酒でも飲んできたのだろうかとぼんやり考える──思考を放棄すると言った方がいいのかもしれない。
「今日はこれくらいにしておこうか。明日から毎日君のいいところを言ってくからね」
 満足したのかようやく切り上げたのかと思うと、その奇行はどうやらこれからも続くらしい。酔っ払いの戯言程度に聞き流しながら、口元を綻ばせている主に向かって問いかける。
「で、いきなりどうしたのかねぇこのマスターは。頭でも打ってきたのかい」
 すると、少女は浮かべた笑みをそのままに、ごく気軽にこう言った。
「これなら君は君の形を忘れずに済むでしょう?」
 唐突に始まった奇行の意味を、ようやく理解する。俺が誰であるのか、どんな人間であるのか、忘れてしまわないようにその形を教えるのだ。その手段が美点の列挙とはまあ面映ゆくはあるが、悪い気分ではない。それならまあ、こちらも主の長所をいくつか考えておこうかと考え始める。
「ボケ防止ってやつですよ」
 と、少しばかり感激していたところで、大事なものを全て台無しにしていく一言を発するのが我が主であった。堪えようともしない溜息が、それはそれは深く大きく吐き出される。
「……それがなければいい女なんだろうけどねぇ」
「でも君はそんな私が好きなんでしょう?」
 意に介した様子もなく挑むように笑った彼女に、つられて笑う。自信満々にそう言われてしまっては、返す言葉はこれしかない。
「ご明察」
 やられっ放しは性に合わない。何か返しの一手を打たねば。主の美点をあれこれと思い浮かべながら、口元は愉快に弧を描いていた。