アンバースデーケーキと私

FGOベディぐだ

「ベディヴィエールの誕生日が知りたい」
 唐突に告げられたその問いは、答えに窮するものであった。
「私が生きていた頃は、そういったものを祝う習慣というものは薄かったので……正直なところ覚えていないのです」
 現代は、一人一人の誕生日を皆が祝っている。それは、個々の人生に目が向けられるようになった余裕──豊かさの象徴でもあると言える。国のため、民のため、戦場を駆け回っていると、そういった事柄には目が向かないのだ。
「そっか……それって勿体ないね」
「そうかもしれません。毎年、貴女の誕生日を祝う時、私もとても嬉しい気持ちになるのです。パーティーに向けた準備を進めている時、とても心が躍る」
 死した身ではあるが、こういう機会は好ましいと思う。祝う側もまた喜びを分け与えて貰っているのだと思うし、何より、立香の照れ臭そうにはにかむ顔が好きなのだ。それが見たくて彼女の誕生日を祝っているという節さえある。
 こうして誕生日を聞いてきているということは、それを祝いたいと思っているのだろうが、生憎ながら応えられるような回答を持ち合わせていない。それに、そもそものところがおかしいのだ。既にこの身は尽きており、歳を取ることなどない。永劫に停まったままなのである。停滞の海を漂う我々にとって、今を生きて先へと進む人間の行事は相応しくないのだ。
「そのお気持ちだけで、私は十分なのです」
「そっか……そっか……」
 繰り返しながら、立香は何やら思案する。落胆した様子はないが、思うものはあるらしい。時折、彼女は思いもよらないことをやってのけることがある。大事にならなければ良いのだが、と円卓の執事役は密やかに気を揉んでいた。特に、円卓の騎士達が絡むと碌なことにならないのだ。
 彼らは比類なき力を持った実力者であり、騎士然とした矜持を持った人物であるのだが、どうにもカルデアに来てからは随分と羽目を外すことが多い。それはきっと、今まで抱えてきた個々の重圧から解放されたが故の反動なのかもしれないが、ベディヴィエールは彼らのように奔放に振る舞うことができない。生来の生真面目な性格故でもあるが、自らが罪人であるという呵責も大いにある。だからこそ、のびのびと過ごす彼らの姿が嬉しく、そして眩しいのだ。



 そんなやり取りなどあったなと、言われなければ思い出さなくなった頃。立香が俄かに忙しくし始めた。彼女としては密やかに行動しているつもりなのかもしれないが、足音を忍ばせるその行為こそが、何か秘密を隠しているという証左に他ならなかった。その様子に不穏な影はなさそうなので特に何も言及はしていないが、何か隠し事をされている、自分が蚊帳の外に置かれているという状況は少し寂しいものがある。
 いけない。死者である自分があまり干渉しすぎるのは良くないと思っているくせに、いざそうなってしまうと不安になるなど。独善にも程がある。
 立香から寄せられる、全幅の信頼が心地良い。それに応えたいと思う。彼女の隣はいつだって開かれていて、この身を招き入れてくれるのだ。屈託なく笑いかけてくれるその明るい笑顔が、翳りがちな心を照らすのだ。立香を支えたいと願いながら、支えられているのはこちらの方だ。彼女の隣を誰にも渡したくないなどと、醜い考えを抱いているのがその証拠である。ああ、どうしてこうなった。
「ベディヴィエール、ちょっといい?」
 立香に呼ばれるのは随分と久し振りな気がした。有事の際は勿論同行していたのだが、こうして何でもなく彼女に呼ばれることはここ暫くなかったように思う。一体どういう風の吹き回しだと訝る気持ちもあるが、嬉しさがすっかりと勝っていた。我ながら、とても単純な男であると思う。たったそれだけで胸が高鳴る。
 立香に付き従い、連れられたのは食堂である。何事かと首を傾げながら、開くドアの先を見て──言葉を失くした。
 色紙で作られた様々な装飾が、部屋の中を埋め尽くしている。装飾だけではない。テーブルの上には所狭しと料理が並び、中央には苺が乗ったケーキが存在を主張している。その光景には見覚えがあった。それはまるで、立香を祝った時と同じような状況である。
 瞬間、何者かが風のように飛び出してくるのが視界の端に映った。常人のものではないその動きに、咄嗟に立香を抱き込んだ途端、襲い掛かってきたのは幾つもの破裂音。
「今日はベディがカルデアに来てくれた日です!」
 降り注ぐテープの雨に呆然としていると、腕の中で立香が告げる。クラッカーを片手に笑う見知った顔に、やはり絡んでいたのは彼らであったかと力が抜ける。はにかみつつ告げられるありがとうの言葉。それはこちらの台詞だと、笑った。