好きと言ってみて

FE風花雪月ディミレス

「今日はどうして呼び出されたか分かっているね」
 教師の問いかけに生徒は項垂れた。自覚はあるらしい、というよりもなければ困る。ここ暫く、ディミトリの様子は誰の目から見てもおかしいものであった。
 女生徒と連日食事に出かけ、歯の浮くような台詞を口にする姿は、品行方正であった彼からは想像もつかないものである。しかしてそんな彼が放つ言葉はいかに軽いものであろうともしっかりとした重みを伴い、女生徒達は突如として地に降り立った麗しの王子にすっかりと魅了されてしまったのである。
 結果、行き過ぎた熱気は頭を茹らせ、さながら暴徒と化した女生徒達の狂乱に教師であるベレスが駆り出されることとなったのであった。
「先生には本当に迷惑をかけた。反省している」
 個室で机を挟んで向かい合っているこの状況は、まるで罪人への尋問や咎人の告解を聞いているかのように感じてしまう。実際のところ、それらの状況と現状は大差ないのかもしれない。
「どうしてこんなことを?」
 これは彼自身が願っていたことであるならば、止めはしないが対応を考える必要はある。しかし、ベレスにはどうしてもそう思えなかったのだ。ディミトリの行動は、とある人物を真似をしているのだということはすぐに分かった。故に、ベレスは何か理由があると踏んだのである。
 実は、とディミトリは淡々と事の顛末を話し始める。幼馴染の素行を改めさせるため、彼が出した条件を呑んだのだと。忸怩たる思いに苛まれているのだろう、その表情は実に苦々しいものであった。成程と得心がいくと共に、この愚直なまでの真っ直ぐさが彼らしいとも思う。
 女性を口説くなんて早すぎたんだとディミトリはごちるが、成果としては十分挙がっているのではないだろうか。シルヴァンのように問題を起こして回るならいざ知らず、彼自身に心惹かれる人が現れた時のための自信を削ぐのは勿体ない。
「じゃあ、私で練習してみればいいんじゃないかな」
「は?」
 間の抜けたその一言だけが、部屋の空気を震わせた。
 ディミトリは王家の嫡子である。ゆくゆくは王位を継ぐことが決まっている身分であるため、妃たる女性を迎えることになるのだろう。やがて来るその時のために、苦手意識をなくしておくのは悪くないことであると思ったのだ。
「あのなぁ……」
 言いかけたディミトリであったが、無垢な視線を向けてくるベレスに言葉の続きを見つけることができず、開かれた口は音を発することなく閉じられた。
 事態の収集を付けるため、ベレスに迷惑をかけたという負い目もある。言いたいことは色々とあるのだが、うまく断れるようなもっともらしい理由も浮かばない。観念して、ひとまずディミトリはこの児戯に付き合うことにしたのである。
「練習と言っても、一体何を言えば……」
 そう呟き、悩み始める姿にベレスは首を傾げた。やるべきことは既に確立されており、彼はそれに従って台詞を吐けばいいだけの話だ。
「食事に誘った女性と同じようにすればいいのでは?」
「いやあれは……シルヴァンの真似をしていたというか……」
 やはりかの幼馴染を模倣していたようだが、ディミトリがまごつく理由がいまいちよく分からない。もしかすると自分が相手では気乗りしないのではと遅れて思い至る。妙案だと思ったのだが、この思い付きは失敗だったのかもしれない。
「そう、だな……。先生は今日も綺麗だな。よければこの後食事でも──」
 軽快な調子でそこまで告げてから、その後に続く言葉はなかった。いや違うと呟いて、ディミトリは再び真剣な面持ちで考え始める。
「お前とは、もっと剣を交えたい。学ぶべきことが沢山あるし、何より剣を揮う先生の姿は凛としていて綺麗だと思う。ああでも、食事をしている先生を見るのも俺はとても好きなんだ。あの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。それに──」
 すらすらと告げられる文句を聞きながら、ベレスの心地は次第に落ち着かなくなっていく。頬が熱を帯びていくのを感じて、ベレスは戸惑いがちに睫を伏せた。
「どうした?」
 そんなベレスの様子に気付いて、ディミトリは言葉を切る。彼に熱を上げていた女生徒の気持ちをほんのりと理解しながら、ベレスは恥じらいつつ答える。
「お世辞だと分かっていても、何だか照れ臭いものだね……」
 その言にディミトリは何故かはっとした様子で目を瞠りながら、どこかぎこちなく頷く。妙によそよそしくなった空気を感じながら、いつか彼に本当の好意を伝えられる相手が少し羨ましいと未来の王妃は思いを馳せるのであった。