祝福と檻

FGOその他

過去のワンドロ


「何やってるの?」
 その問いかけにエレシュキガルは振り返る。長く伸びた金色の髪が軽やかに揺れ、豊穣の証たる稲穂が如く波打つ。小さな掌の上には、いくつか包みが乗っていた。
「種を集めているのよ。今まで植えたことのない種なら、冥界でも芽吹くかもしれないのだわ」
 カルデアの片隅に突如として生まれた花壇では、様々な種類の花が植えられている。それは彼女が現世の地上で管理する新たな庭園であった。
「エレシュキガルは本当に冥界を大事にしてるんだね」
 採集を手伝いながら立香は高潔たる女神に微笑みかける。つんと唇を尖らせながら、冥世界の女主人たる女神は顔を背けた。
「私を誰だと思っているのかしら。冥界は私の管理する場所よ。そこをより良い環境にしようとすることは当然でしょう?」
 その白い頬の下で薔薇が花開くかの如く、ほんのりと紅潮していることを彼女は知っているのかいないのか。いつかに冥界で一面の花が咲いた時、まるで眩しい宝石を見るかのように表情を輝かせた姿を知っている。沢山の宝石よりも何よりも、ささやかに揺れる花の方がエレシュキガルにとっては計り知れない価値があるものなのだ。
 彼女の夢を叶えたいと思う。あの喜びに満ちた顔をもう一度見たいと願う。千年の時を費やそうとも何一つ変わらなかったあたり道は険しく、そもそも芽吹かせることは不可能かもしれない。それでも、できることを一つずつやっていきたかった。
「そうだね。冥界に来た魂はきっと最後に素敵な時間を過ごせるんだろうね」
 冥界ははっきりと言って、華やかな場所であるとは言い難い。晦冥に満ちたそこはひどく静かで、彩りは皆無である。しかし、そこに行き着く魂を慮る女神の思いは本物なのだ。
「当然なのだわ。冥界はそのためにあるのだから」
 理想への儘ならない道行きを、決して諦めることなく進み続ける彼女の意志の強さを、眩く思う。だからこそ、こうして立香は彼女の横で花の手入れをしているのだ。
 球根を採集する立香を、エレシュキガルはちらりと盗み見る。以前から冥界をよりよくしたいとは常々思っているが、今はそれに別の感情が付随していた。
 いつかきっと、立香も巡る輪廻の環の中へ還る時が来るのだろう。それは生者に定められた必然の理である。いつとも分からぬ未来で、彼女がここを訪れた時、少しでも安らげる場所にしたいと心から願うのだ。本人に決して告げるつもりはないが。
「だから私は、冥界に花を咲かせたいのよ」
 女神の瞳は、想像の向こうにあるいつか見た花の海を見つめている。決意も固く、エレシュキガルは集めた種子を慈しむように懐へ仕舞い込んだ。
 そこにあるのは、枯れることなく凛と咲き続ける一輪の花。