シスター

FE風花雪月ディミレス

※ディミトリはいない
本編から数百年後くらいの時代設定。書きたいところだけ書いたので続かない
シスターになる前は甲冑を着て戦っていて、剣と盾の時代が終わり教会へ身を寄せたという経緯
洗礼名的なものはアレキサンドリア。不変の容姿に魔女として迫害を受けるも人と関わることはやめなかったという死に設定


「アレックス」
 呼ぶ声に振り返る。シスターは細く白い指に紙片を摘み、買い物に行ってきて欲しいのだけれどと続けた。シスターは何でもこなす人であるが、あまり市街へ行きたがらない。そのため、買い出しへ行くのはほとんど自分の役目であった。
 頷き、受け取った紙片には丁寧な字でいくつかの品目が綴られている。それらの購入に十分足りる金額を手渡しながら、シスターは決まって残りは好きにしていいと言ってくれる。しかし、その金に一度として手を付けたことはなかった。
 初めは盗みを働くような後ろめたさがあり、釣銭を自分のものとすることが躊躇われたためだった。だが、今は釣銭を返すことに別の意味を持たせている。貴女以外のものは必要ない、貴女さえいればそれでいい──その意思表示である。
 毎回全額返す釣銭を、シスターが律儀に保管していることは知っている。おれの名義の口座に、大金を預け入れていることも。シスターは親代わりとして真っ当におれを育て、いずれ手を離し、世に送り出そうとしてくれているのだろう。
 おれはシスターの名前を知らない。彼女がどのように生きてきたのかも。それでも、おれは彼女に特別な想いを抱いている。決して離れてやるつもりなどない。

* * *

「シスター」
 成長を経て低くなった声は、年を経る毎に知った音へ近付いていく。その度に胸が掻き毟られるような気持ちになることを、彼は知らない。自身の行いを後悔したことは数えきれないほどだが、間違いだと思ったことは一度としてなかった。
 アレックスと出会ったのは、教会併設の孤児院だ。名家であった彼の家は、突如として夜盗に押し入られ皆殺しにされてしまった。衝撃的な事件は何者かの隠謀ではと囁かれていたが、真相は明らかになっていない。その凄惨な現場を一人生き残ったのが彼である。様々な家を渡り歩き、そして孤児として預けられた。
 彼の幼く円い瞳には焔が灯っていた。心を閉ざし、憎悪を燃やしていた。瞬間、『いけない』と手を差し伸べていた。自分が引き取ると宣言し、修道院を辞した。それからは、ずっと人里離れた山奥で彼と二人で暮らし続けている。
 抱き締めて頭を撫で、名を呼ばれる度過去を苦しむ彼へ名を与えた。初めて笑ってくれた時はとても嬉しかった。学校からかなり遠い立地からか、未だに友人を連れて来たことがないのは心配だが、気の良い学友と仲良くやってはいるらしい。
 彼が私に向ける特別な想いは知っている。知っていて、知らぬふりをしている。

* * *

「ベレスさんは居るだろうか」
 シスターが狩りに出ている時のことだ。戸を叩く音に出てみれば、立っていたのはどこか古風な装いの男女である。こちらを見て驚いた表情をしつつ男が問う。
 いないと答えれば、男はまた改めようと告げあっさりと去ってしまった。今までこの家を訪れる人はいなかった。突然現れた人物が一体何者なのか気にかかり、気配を殺して後を追う。シスターを害する者であれば、排除せねばならない。
 先生と久々にお話ができるかと思いましたのに、と少女が零す。そうだなとごく柔らかい声で相槌を打ちながら、隙を見せぬ鋭い眼差しがこちらを睨む。気付かれている、確実に。それ以降、男女は一言も発することなく山を下りていった。
 『ベレス』『先生』シスターを構成していると思しき要素が断片的に齎される。何度聞いても、彼女は自身の情報を一切教えてはくれなかった。それでも大切にされている、愛されているという揺るぎない情は彼女の全てから感じていた。
 一つだけ教えてくれたことがあった。『アレックス』という自身の名の由来を問うた時のことである。シスターは少し考え、どこか寂しげな様子でこう言った。
 君とよく似た魂を持つ人の名前を貰ったんだ、と。

* * *

「ベレス」
 知らないはずの音を、知らないはずの声が呼んでいた。動揺のあまり大袈裟なまでに肩が跳ねる。こちらを見つめる目は確信に満ちていた。何を言っても墓穴を掘ることにしかならない気がして、何の言葉も紡げない。落ち着かないまま声の主を見つめることしかできなかった。それが何よりの答えであるというのに。
「それとも、先生と呼んだ方が良かったか? シスター」
 先生と呼ぶ声は、果たして誰のものか。
 高かった声が低くなり、背が私よりも高くなり、丸みを帯びた顔立ちが精悍なものへと変わっていくごとに、私の心は乱れていく。女の子に見られて恥ずかしいから髪を切りたい、そう言われて記憶の通り鋏を入れた私の気持ちは誰にも分かるまい。そんなつもりで引き取った訳ではなかったのだ。本当に、ただ、放っておけなかっただけなのだ。かつて見た、寂しい姿を想起させたからだとしても。
 やめなさい、やめて、と気付けば懇願していた。青い目は真っ直ぐに私を捉えて離さないまま、ずっと守ってきた境界線をいとも容易く踏み越え、愛を乞う。
「なあ、ベレス。おれを見てくれ」