両手いっぱいに抱えきれないほどの

FE風花雪月ディミレスR18

 ファーガスの王と新たなる大司教。国民が待ち望み続けた戴冠の儀を経て、乱世を平定させた英雄二人の婚姻ともなれば、フォドラの地は沸きに沸いた。
 ベレス自身にはそこまでこだわりはなかったのだが、周囲がそれを許してはくれず、一生分の着替えをしたのではないかと思うほどにあれやこれやと様々な色や形の衣装を着せ替えられていた。嬉々としてその先陣に立ったのは勿論メルセデスとアネットである。一生に一度の機会なんだから~。という言と共に次々と衣装を着せ付け、一番綺麗な花嫁さんにしなくちゃ! と髪を結い、化粧を施される。二人が満足する頃には、流石のベレスも疲労困憊といった様子でぐったりと椅子に倒れこんでいた。くたくたになりながらも笑みが浮かんでいるのは、婚儀のために尽力してくれる心遣いが嬉しいのだろう。
 微笑ましくあるが、ディミトリに対しては当日のお楽しみとしてその様子は秘され続けていた。気にならないといったら全くの嘘になるが、ディミトリ自身こういったことには疎いと分かっており、公務に忙しい身を慮られているのだろうとも思う。宣言通り、ディミトリが花嫁の姿を目にすることができたのは婚儀当日となったのだが、その時の光景を一生忘れることはないだろう。
 純白の衣装は精細な刺繍が施され控えめながらも品良く仕立てられており、花嫁の無垢な美しさを引き立てていた。いつもは肩に伸びている髪は花を模った精巧な髪飾りでまとめ上げられ、白い首筋が露になっている。あまり化粧に馴染みのないその顔も控えめに彩られており、清廉さの中にはっとするような色香を匂わせていた。
 頭の中が完全に真っ白になり、言葉を失った。ディミトリは完全に固まったまま、ただ目の前の花嫁をじっと見つめることしかできなかったのである。我に返り、伝えたいことは沢山あったはずなのに、出てきたのはただ一言『綺麗だ』という陳腐な言葉だけで。この時ばかりは己の口下手をかつてないほどに呪ったのだが、そんな子供のような感想でもほどけるような笑みを浮かべる花嫁がディミトリは愛おしくて堪らなかった。震える心のままにこの腕の中に閉じ込めてしまいたいという衝動が湧き上がるが、婚儀を目前に控えている身であるためぐっと堪える。
 今まで力強く剣を振るう姿ばかり見てきたからか、婚礼服を纏い楚々として椅子に腰掛けるベレスの姿はとても小さく、儚く見えた。透かし編みの手袋に通された腕はほっそりとしており、この手があの鋭い剣戟を生み出していたのかと俄かに信じ難い気持ちになる。今更になって、この人は『先生』の前に一人の女性なのだと思い知る。そしてこれから、先生としてではなく『一人の女性』として彼女の人生を貰い受けるのだと。そうすることをベレスが選んでくれたのだと、感慨に胸が熱くなる。
 本当にそれでいいのかという思いがディミトリの背を刺していた。生涯付き纏うであろう罪悪感が、己の行いを糾弾する。それでも、どうしても。この人が、欲しかったのだ。悩みに悩んだ末に渡した指輪に、この想いにベレスが応え、同じものを返してくれた時、もうこの人のいない人生など考えられないのだと悟ったのである。
「行こうか。皆が待っている」
 躊躇いを振り払うように差し出したディミトリの手に、ベレスの手が重ねられる。扉を開け放つと、式場に続く廊下が長く伸びていた。窓からは眩くもやわらかな陽光が差し込んでおり、今日は良い日になりそうだとディミトリは口元を綻ばせるのだった。



 王都は未だ冷めやらぬ熱気に包まれている。
 婚儀を経て夫婦となった二人の姿を民に披露した際の歓声は凄まじく、この婚姻がどれほど祝福されているものであるかを雄弁に物語っていた。結婚を祝う宴は夜を明かす勢いで続き、日が落ちた後も市街は活気に満ちていた。
 豪奢な正装から軽装に着替えたディミトリは、王城の廊下を一人歩きながら良い式だったと今日という日を振り返る。我が事のように感涙する者、惜しみなく告げられる祝いの言葉。花嫁は隣で終始穏やかに微笑んでおり、彼女もまた自分と同じように喜びを噛み締めているのだということが伝わってくる。そんな姿は美しくもまた愛らしく、胸を温かいもので満たしていくのだ。
 こんなにも誰かを愛おしく思うなど、考えてもみなかった。自分が人を愛することなどないと、そもそも愛する資格などないのだと思っていた。そう思っていたはずなのに、いつの間にかベレスはかけがえのない存在になっていたのだ。人を愛するということを知ってしまった。誰かを愛しても良いのだと教えられたのだ。他ならぬ彼女によって。
 歩み続けていた足はある扉の前で止まる。この向こうにベレスがいることをディミトリは知っていた。そうするよう彼女に告げていたからである。
 扉の向こうに続いているのは、王の寝室だ。夫婦となって迎える初めての夜である。それらが意味するものを、意識しない訳がなかった。ディミトリは固唾を呑む。
 ベレスに寝室で待っているよう告げたのは、己に弾みを付けるためであった。こうでもしないと、一生彼女に触れられないと思ったのだ。それほどまでにベレスという存在はディミトリにとって特別で尊いものであり、自分が触れることによって汚してしまうのではないかという漠然とした恐怖があった。だからこそ、この機会に託けたのだがやはり身が竦む。それは、これから挑む行為への緊張と、ベレスを自分のものにできるという仄暗くも甘美な喜びであった。
 意を決し、ディミトリは扉を開く。心の準備が必要だろうから、気配を殺さずなるべく物音を立てるように歩を進めて、そちらに向かっているということを伝える。寝室の奥、一人で寝るには大きすぎる寝台の上でベレスは静かに佇んでいた。湯浴みを済ませてきたのか、纏っているのは見慣れぬ化粧着で、陽の下に晒されていたうなじが今は髪の下に隠されている。薄く施された化粧は落とされており、見慣れた彼女の素顔がそこにあった。昼間に見た彼女の姿を美しいと思ったが、月明りの中で見るその姿は伝承の女神を思わせるような神々しさを感じさせる。その光景を目にしたディミトリの胸に湧き上がったのは、感動と恐れであった。
「来て、くれたんだな」
 出た言葉は紛れもない本心であった。自ら彼女を呼び付け、今夜抱くのだと告げておきながら、ベレスが応じてくれたことに安堵と不安という相反する思いを抱いている。おかしなことである。だが、ベレスを愛おしく思うほどに、この手で触れることがたまらなく怖くなるのだ。
 笑みを浮かべながらベレスが頷く。それだけで、どうしようもなく胸が高鳴り、喜びが込み上げた。ディミトリは己が内の覚悟を踏み固めるように足を踏み出し、硬い床の上を力強く歩む。背後に付き纏う罪の意識は消えず、未だ心を刺し続けている。だが、ディミトリの願いに応じて、こうしてここに来てくれたベレスの思いを彼は大切にしたいと思ったのだ。
「……触れてもいいだろうか」
 寝台の淵に腰を下ろし、問いかける。心臓がいやに煩かった。ここで拒まれれば立ち直れないような気もしたが、彼女の嫌がることはすまいとディミトリは伺いを立てる。
 窓から差し込む淡い月光と、部屋にぽつりと灯された薄い灯りだけが二人を見つめている。ベレスはくりっとした可憐な双眸を伏した睫で覆うと、ディミトリの硬く節くれ立った手にその小さな手をそろりと重ねた。それは、明確な合図であった。歓喜に息を呑みながら、ディミトリはベレスの瞳をじっと見つめる。やや緊張した面持ちの男が映っていた。もっと余裕をもって挑みたかったはずなのだが、と内心苦笑しながら直着を落とすとディミトリは寝台に上がる。ベレスが纏う化粧着に指をかけると、あっさりと結び目が解けて滑り落ちていった。その下から現れたのは、薄く頼りない寝衣である。
 結局のところ、彼女を前にして平静など保てる訳がないのだ。知っていたことだった。それに、彼女の前で自分を偽る必要などないし、取り繕ったところでこの鼓動で全て伝わってしまうに違いない。観念してディミトリはベレスをその大きな体躯で覆った。すんなりとした両腕が、同じだけの強さで抱き締めてくる。薄い布で隔たれただけの素肌が、互いの温もりを分かち合っていた。
 抱きすくめた体の柔らかさに陶酔する。深く息を吐くと、ふと鼻腔を擽る香り。不思議に思い、すんと小さく匂いを嗅ぐと、それはどうやら仄かな薔薇の香であるようだ。ディミトリの行いに気付いたのか、ベレスはその滑らかな頬を薄らと赤くする。その様子は、まるで薔薇の花が開いていくかのようであった。
「香油を塗ってみたんだ」
 やや上擦った声音が、告白をする。その内容は、鈍器で殴られたかのような衝撃をディミトリに齎した。
 ──このひとは、俺に抱かれるための準備をしていたのだ。
 眩暈がしそうなほどの興奮が、脳天まで一気に突き抜けた。心臓が一際大きく拍動し、熱い血潮が全身を駆け巡る。後頭部がかっと熱を持ち、くらくらとした。ディミトリは半ば衝動的にベレスの小さな顎を掬い取ると、その唇を自らのそれで塞いだ。噛み付くように口付けたその唇は、瑞々しく柔らかい。もっと味わいたくて、角度を変えて何度も食んだ。やや熱を持った頬を撫で、毛先の跳ねた髪を梳きながらその感触に酔い痴れる。
 ベレスを知れば知るほどに、際限なく求めてしまう。自分の中にこんなにも強い欲があるとは思ってもみなかった。唇を離して見つめ合えば、神秘的な色を湛える瞳がしっとりと濡れている。余すことなく自分のものにしてしまいたいという、どこか暴力的な欲望が、ディミトリの胸の奥をちりりと焦がす。湧き上がる思いに呼応するかのように、どちらともなく求め合った唇が再び重なる。自分と同じものをベレスが感じていてくれることが、嬉しくて堪らなかった。
 ベレスの髪に指を通し、その頭を引き寄せると、深くなる口付け。溢れてくるのはもっと深い部分まで知りたい、触れたいという気持ちだった。ふっくらとした唇のあわいに舌を差し入れると、背中に回された腕に力が籠る。ベレスの口内は温かく、心地が良い。整った歯列をなぞり、更に奥へと侵入していく。上顎、下顎。隅々まで味わっていき、縮こまる舌を撫でれば、応えるように彼女からそっと絡められる。粘りを帯びた唾液が舌と共に絡み合い、くちゅ、と音を立てた。頭の中に直接響くようなその音は、淡い官能を齎していく。
 再び離れた唇を、名残惜しく唾液の糸が繋ぎ止めていた。熱い吐息を漏らしながら、ベレスは呼吸を整えようと肩を上下させている。すっかりと熟れた赤い唇が、どちらのものか分からない唾液でてらてらと艶めいていた。理知的な目はすっかりと蕩けて潤み切っている。それは、今まで見たことのない、ひどく蠱惑的な姿だった。そんな目を自分がさせているのだ。その事実は、ディミトリの中に確かな充足感と痺れるような高揚を与えていった。可愛い、愛おしい。そんな思いと裏腹に、もっと彼女を乱したいという思いが湧き上がる。そして、様々なものが綯い交ぜになった心は、ただ一つ『欲しい』という願いに繋がっていく。目の前のこの女が欲しい。灯った火はゆらりと揺らめき、体を熱くしていく。
 ディミトリの手が、確たる意図を以てベレスの腰を撫で上げた。ふるりと震える体と共に、不安げな瞳が向けられる。
「嫌か?」
 真っ直ぐに覗き込みながら問いかける。止めるのならば、これが最後の機会だ。ここから先に進んでしまえば、きっともう止まれなくなってしまうという確信があった。ディミトリの言葉にベレスは首を振る。返ってきたのは、あまりにも愛らしい答え。
「……私も、君が欲しい。でも、その、あまり綺麗な体じゃないと思うから」
 彼女が求めてくれている。震えるほどの歓喜に吐息が漏れ、心臓が早鐘を打つ。衝動のままにその体を掻き抱き、腕の中に閉じ込める。鼻先が触れ合いそうなほどのごく近い距離で、ディミトリははっきりと告げた。
「安心しろ。お前は、誰よりも綺麗だ」
 額に、瞼に、鼻梁に、頬に。幾度もキスを落としながら、綺麗な体でないのはこちらの方だとディミトリは思惟する。憎しみのまま殺しを重ねて汚れたこの手で、ベレスに触れることは躊躇われる。だが、それ以上に彼女に触れたいと願ってしまうのだ。それがどれだけ罪深いことであったとしても、一度知ってしまったこの温もりを忘れることなどできようものか。焦がれてしまったのだ。愛さずにはいられなかったのだ。この、美しい人を。
 耳朶を食み、淵から内側へゆっくりと舌でなぞる。擽ったいのか首が微かに竦められ、頬に触れる毛先の感触が愛おしい。首元が大きく開いた寝衣はゆったりとした作りなこともあり、手をかければあっさりと肩から滑り降りていった。勢い余って裂いてしまいやしないかと思っていたので、ほっとすると共に自分にそこまで余裕がなくなっていることに笑った。否、余裕など最初からありはしないのだ。
 剥き出しになった素肌に余すことなく触れたい、その体の隅から隅まで知りたいと希求する。首筋に唇を這わせつつその小さな体にのしかかれば、抵抗なく寝台へと沈んでいく。そのまま下穿きを剥いで一糸纏わぬ姿にしてしまうと、頬を紅潮させながらベレスがこちらを見上げていた。まるで捕食しているようだと思いながら、ディミトリは襟飾を外し、襯衣を脱ぎ捨てた。柔らかな肉に歯を立てるように、白い首筋に食らい付いてじゅ、と吸い上げる。くっきりと残った鮮やかな鬱血痕に、得も言われぬ喜びが湧き上がった。彼女に向けるこの気持ちが、一体何であるのか形容ができない。嗜虐心なのか、それとも征服欲であるのか。それとも、こんな薄汚れた感情でさえも愛と呼ぶのか。
 殺したい、と願った相手はいる。そのために生きてきたとも言える、悲願であり妄執であった。だが、こんなにも『欲しい』と思ったことなど、今までに一度もなかったのだ。他者のためでも義のためでもなく、ただ自分のためだけに何かを希うことなど有り得なかった。だからこそディミトリは、自身を焦がす熱の強さに戸惑う。ただ一人に向けられる、この複雑に絡み合った名状し難い感情に。
 ベレスの両手が伸ばされ、ディミトリの頬をするりと撫でていく。金髪に指を差し入れ、優しく梳きながら穏やかに細められる目に、『幸せだ』と思った。胸の奥から温かなものが満ち溢れていき、目頭が熱くなる。口付けをいくつも落としながら、肩から腕、手から指へと愛撫を続けていく。この胸にある思いが、触れた部分から少しでも伝わればいい。絡めた指先に触れる硬い感触。華奢な指に嵌められた指輪はかつてディミトリが贈ったものであり、彼の指にもベレスが贈った指輪が嵌められている。あの時の震えるような喜びは、今も鮮明に思い出せる。彼女を想う気持ちは日毎大きくなっていき、これからも募っていくのだろう。ベレスの手を取ると、まるで騎士が忠誠を誓うかのようにディミトリは指輪に口付けた。伏せた瞼を持ち上げる。長く伸びた睫の下で、ぞっとするような色香を纏った瞳がベレスを見下ろしていた。
 肋の隙間をなぞるように、五指が這う。そうして豊かな稜線を描く膨らみに辿り着いた時、ディミトリは我知らず生唾を飲み込んでいた。同時にベレスが息を呑む気配がして、互いに緊張していることを悟る。熱を孕んだ視線を絡めながら口付けを交わす。
「んっ」
 上がったのはあえかな声。そして、掌に伝わる柔らかくも芯をもった温もり。指先に少し力を込めれば、丸い乳房はまるで誂えたかのように形を変えていった。円を描くようにその豊かな膨らみを揉みしだき、緊張に強張るなよやかな腰を撫でる。指の隙間で、つんと主張する感触があることをディミトリは知っていた。知っていて、あえて触れていなかった部分を出し抜けに指で挟み上げると、甘やかな悲鳴と共にその大きな目が零れんばかりに見開かれる。
 初めて聞く嬌声は、まるで神経毒のように頭の芯まで浸食しておいく。触れる肌がしっとりと汗ばんでいくのを感じながら、たわわに実ったもう一つの膨らみにディミトリは唇を寄せた。すっかりと熟れたその頂を、唇で挟み、ねぶる。軽く吸い上げ、硬く尖らせた舌先で押し潰して苛めば、ベレスは幼子がむずかるように頭を振った。彼女は知っているだろうか、自らの腰がゆらりゆらりと揺れていることを。
 腹を撫でる手を滑らせ、張りのある腿に触れる。ディミトリの指先は脹脛を辿り、ゆっくりとベレスの足を愛撫していく。膝裏を擽り、内腿をなぞる大きな手は、ベレスの全身を隈なく這っている。そして、これから誰も触れたことのない場所へ触れようとしていた。
 薄い叢を掻き分け、その奥にある秘裂に触れた指先は、ぬるりとぬかるむ感触を知る。そのまま上下に動かせば、くち、と淫靡な水音を立てた。それは、ディミトリに確かな安堵と興奮を齎す。ベレスは自分の手に、愛撫に、確かな快楽を感じてくれていたのだ。
「濡れているな」
 喜びはそのまま言葉となって表出した。ぬめりを帯びた指は花弁の間を進んでいき、隠された快楽の萌芽を探り当てる。軽く擦ると、あまりにも直截的な刺激にベレスの体がびくりと跳ねた。戸惑いを孕んだ目が縋るように向けられる。その様子があまりにも可愛らしくて、ディミトリは笑みを零した。
「あっ! あ、ああっ……!」
 ディミトリがそこを懇ろにするたびに、甘く蕩けた声が上がる。過ぎた快楽をやり過ごそうと、しなやかな肢体が悩ましげにくねり、シーツが擦れる音を響かせていた。花芽の莢を剥き、蜜を塗り付けるように愛でると、強すぎる刺激から逃げようとベレスの背が弓なりにしなる。声にならない法悦の喘ぎと共にその身が弛緩して、奥からどぷりと溢れ出した甘露がディミトリの指をしとどに濡らした。
 乱れた呼吸の音が、いやに大きく響いている。濡れた肌から漂う香油の芳香。目にしたその嬌態は、あまりにも刺激が強すぎた。目の毒とはよく言ったものである。突き抜ける興奮は、脳をぐずぐずに溶かし掻き回すかのようだった。五感全てで感じる官能はディミトリ昂らせ、全身を熱くさせた。
 女を抱いた経験は初めてではなかった。王族の責務として、体の造りが変わり始める頃には閨房教育が施され、知らぬ女と閨を共にした。ディミトリにとって、その時間は決して楽しいものではなかった。必要なことであるとは理解しているが、如何ともし難い生理的な嫌悪と、自分が子を成すことはきっとないという諦念にも確信にも似た漠然とした思いがあったのだ。意味のないことだとぼんやり思惟しながら行っていたその行為は、決して無駄ではなかったのだとようやく悟る。あの時間があったからこそ、こうしてベレスを存分に愛することができるのだ。
 蜜を零し続けるその入り口に、指先を潜らせる。中が熱く蠢き、やわやわと指を包み込んでは奥へ奥へと誘おうとするかのようだった。ゆるやかに蜜口を掻き混ぜながら、ディミトリは熱い息を漏らした。その体に触れているだけだというのに、堪らなく興奮する。これが好いた女を抱くということなのかと実感しながら、熱く熟れた中へと指を忍ばせた。
「っ!」
「痛いか」
 内部へと侵入する異物に息を呑むベレスへ、ディミトリは間髪入れず問いかける。困惑に瞳を揺らしながらも、ベレスは首を振って否定する。
「痛くはないけれど変な感じがして……おなかの奥が、ずくずくする」
 縋るような、強請るような視線が絡み付く。その疼きを満たすものが何であるかを本能的には理解しているが、本質的には分かっていない無垢な瞳。清廉であった彼女が、欲の色を識っていく。それは、新雪を踏み荒らし尊いものを汚すような背徳感を抱かせる。可憐な花はこの手で開花し、そして手折られる。そんな倒錯的な悦びは、ディミトリに痺れるような愉悦を与えていった。
 愛撫を施し、緊張を解しながら隘路を拓いていく。無数の襞がやわやわと指を包み込んで蠕動する様は、出ていくのを拒むかのようであった。内側が柔らかく開いていくのを確認しながら、内部に触れる指の数を増やしていく。すんなりとそれを受け入れたベレスの中は、まるで離さないとでも言うかのように己をみっちりと満たすものを食い締めた。
 蜜壺はたっぷりと潤いを湛えており、指を動かすとぐちゅり、ぐちゅりと淫猥な音を立てながら絡み付く。溢れる花蜜は蠢く指の間を伝い、ディミトリの掌をも濡らしていった。ざらりとした部分を押し上げて、媚肉の内を探る。その時、ベレスの身が跳ね、中がぐっと締まったことにディミトリが気付かない訳がなかった。
「あ……っ! んっ、あっ、んんっ!」
 驚きに一度引き結ぼうとされた唇が、抵抗を超えて開かれる。甘く上擦った声が絶え間なく発されて、前後不覚に陥ったベレスの腕がディミトリに縋り付いた。この中に入ったら、一体どうなってしまうのだろう。ディミトリは考える。温室に咲く花のように大切に愛でたいと思うのに、この手で思うままに蹂躙してしまいたいという気持ちもある。自らの内に、熱を持ち脈打つものがあることは知っていた。だが、この頭を擡げる劣情がこんなにも激しいものであることは知らない。湧き上がる飢餓が、燃え盛る炎のように頭の芯を焼き切らんとする。
 引き抜いた指はねっとりと濡れていた。それを舐め取って、ディミトリは自身を苛む衝動を御するために深く息を吐く。白磁の肌は興奮に淡く色付き、むっちりと突き出した膨らみが荒い呼吸に合わせて上下している。快楽の海に溺れる濡れた瞳が、自身を征服する男を切なげに見上げた。下衣の中で息衝いているものは、既に痛いほどに猛っている。すっかりと張り詰めた前を寛げながら、ディミトリは甘く愛をを囁くように告げた。
「お前の中に入りたい」
 少し掠れたその声はひどく艶やかでありながら、獰猛な雄の欲を滲ませている。熱に浮かされた双眸が、それでも真摯に伺いを立てる。目の前の男を愛おしげに見つめながら、ベレスはゆっくりと頷いた。胸の内に広がっていく温かな感動に息を吐きながら、ディミトリは妻に深く深く口付けた。
 露を零し、すっかりと濡れそぼっているそこに熱く滾った切先を押し当てると、情欲を湛えた視線が期待と共に絡み合う。続きを強請るかのように、花弁が丸い先端に吸い付いていた。くびれた腰を掴み、ゆっくりと怒張を埋没させていく。熱く蕩けた内部がぬちりと粘着質な音を立てながら、待ちわびたようにディミトリを包み込んだ。目が眩むような逸楽が押し寄せてきて、ディミトリは熱い息を吐き出してどうにかやり過ごす。粘ついた汗が全身から一気に噴き出した。
 頤を反らしながら、ベレスは必死に耐えている。指とは比べ物にならない質量が彼女を穿ち、苛んでいた。ぬめる蜜筒はひどく狭く、膣肉はむしゃぶりつくかの如く貪婪に強直を締め付けた。少しでも負担が和らげばと玉の汗が浮かぶ肌を撫で、唇を落とす。蜜口がきゅんと締まり、堪らずディミトリは短く呻いた。
「……すまない。痛いだろうが、耐えてくれ。爪を立ててくれて構わない」
 このまま時間をかけて進めるよりも、一息に入れてしまった方が苦しませずに済むかと考えて息を整える。文字通り、身を裂く痛みだ。それをこれからベレスに与えようとしている。
 ──この酷い男を、許さなくていい。
 消えない傷を残すこの男を。そうすることに、喜びを覚えずにいられないこの男を。決して。
 汗に貼り付いた髪を掻き上げて、ディミトリは再びベレスの腰を掴み上げた。そして、そのままぐっと一気に腰を押し進めていく。糸のような悲鳴と共に、ベレスの足が悩ましげにシーツを何度も掻いた。隘路をぎちぎちと広げながら、楔を打ち込むが如く硬くいきり立った欲望を突き立てていく。熱く蕩ける内部を進むごとに、幾重にも重なった襞をめりめりと押し上げていくのが分かった。雁首を這っていく無数の濡れた花唇の感触が、信じられないほどの快感を齎していく。
 ディミトリの腕に縋り付く手が、汗に濡れた皮膚を何度も滑っていった。爪を立てたって、噛み付いたっていいのに、小さな手はまるで撫でるような動きで触れていく。愛おしくて堪らなくなり、ディミトリは柔らかな体を掻き抱くようにより深く重なった。そして、押し潰すようにぐっと腰を突き出すと、慎ましく閉じていたその場所をこじ開けて一気に奥まで貫いていく。
「──っ!」
 その衝撃の激しさを伝えるように、ベレスが強くしがみ付いてきた。ぴったりと重なった肌の間で、柔らかな乳房がひしゃげて形を変えていく。抵抗を超えてなお進み、奥の奥を抉るように穿った時、ようやく二人は一つになることができたのである。
 どくりどくりと脈打つ自分の一部が、ベレスの中で息衝いている。それは不思議な感覚であったが、ベレスが自分を受け入れてくれたという何よりの証左でもあった。理由もなく咽び泣きたくなるような思いが、ディミトリの内から込み上げる。強く胸を震わすこの気持ちを、どう形容すればいいのかが分からない。嬉しいような、切ないような、胸を掻き毟られるような甘痒い感情であった。
「愛している」
 自然とその言葉が零れ落ちた。引き寄せられるように唇を重ね、何度も何度も触れ合わせる。ごく近い距離で視線を絡めていると、ベレスが婉然と微笑みながら告げる。
「私も、君を愛しているよ。多分、君が思うよりももっと強く」
 鼻先を触れ合わせ、睦み合う。ベレスの手がディミトリの髪を優しく梳いていた。触れ合う距離は近くなり、再び唇が重なっていく。熱い舌を絡め合いながら、ディミトリは思惟する。ベレスは、もっとこの想いを知るべきだ。この全身を巡る熱い血潮のような止め処ないこの気持ちを。ぐつぐつと煮え滾る岩漿のような、どろどろとしたこの思いを。ディミトリ自身、どうしていいのか分からないほど膨れ上がったこの想いを。
 今だって、無垢な体を拓き、その純潔を奪っておきながら、どうしようもなく嬉しいと感じているのだ。
 質量をもった熱の塊が、ぐり、と奥を穿つ。ベレスが熱い息を吐き出した。ぴったりと吸い付く熱い内壁が、歓喜するように蠢動した。ゆっくりと引き抜かれていく熱い昂りを引き留めるかのように柔肉が絡み付く。そして、入り口付近まで引き抜かれたその熱が、再び奥までベレスを満たしていく。
「んんっ!」
 苦しげな中に、甘さを纏った声であった。結合部からは動きに合わせてぐちゅり、ぐちゅり、と濡れた音が漏れ、渇き餓えたものを満たすように中が締まった。目の前が霞むような興奮が突き抜け、ディミトリを忘我の淵へと誘っていく。深い部分を突いてやると、甲高い喘ぎと共に蜜口がぎゅっと怒張を食い締めた。汗みずくになって絡み合っていると、まるで二人が一つに溶け合っていくような錯覚をする。激しい動きに軋みを上げる寝台の音が、遥か遠くに聞こえていた。
 無我夢中で愛しい肉体を突き上げる。押し入るごとに夥しい官能が押し寄せて、奥の院を穿つものの嵩が増していく。本能のままに互いの体を貪り合い、激しく求め合った。快楽の高みに追いやられた体がびくびくと震え、蕩け切った媚肉が激しく収縮する。押し寄せる波濤に抗うことなく溺れ、ディミトリはベレスの胎に自らの熱を注ぎ込んだ。意識が爆ぜ、真っ白に塗り替えられるかのようだった。全てを忘れ、陶然としたその時間を暫し揺蕩う。
 弛緩する体を横たえ、恍惚としているベレスの髪を撫でた。優しく触れたかったのに、随分と無理をさせてしまったように思う。感じるものが痛みだけではなかったようでよかった、とディミトリは安堵の息を吐く。ベレスのことになると、どうにも余裕がなくなっていけない。
 髪を梳く手に、白皙の頬が甘えるように擦り寄せられる。まだ頭がぼんやりとしているのか、とろりと蕩けた目のままベレスは自身の腹を撫でた。
「私の中に、君がいるんだね」
 ぽつりと呟かれたのは、そんな一言。それはきっと、感慨のままに零れた言葉だったのだろう。だが、彼女から発された直接的な言葉に、未だ繋がったままの自身がどくりと脈打ち、熱を持ち始める。それに気づいたベレスはあっと小さく声を上げた。
「参ったな……収まりそうにない」
 熾火が余韻の抜けきらぬ体を熱くしていく。初夜という特別な状況がそうさせるのか、ようやく彼女を自分のものにできた悦びなのかは分からないが、どうしようもなく逸ってしまうのだ。欲を孕んだ瞳がそこにあった。吸い寄せられるように唇を重ね、舌を絡め合う。
 やがて、寝台が軋む音が緩やかに部屋を満たしていった。



 ひんやりとした朝の空気に、ディミトリは目を覚ました。
 目の前には穏やかに眠るベレスの姿があり、胸に熱いものが満ちていく。昨夜は何度も彼女を苛んでしまった。正直なところ、自分の中にこんなにも激しい欲があったことに驚いているのだ。
 柔らかな頬を撫で、名残惜しさを覚えながらも寝台を出た。浴室でべたつく体を洗い流して、新しい服に袖を通せば、夜の残滓はすっかりと消え失せた。
 本日は公務の予定を入れていないものの、片付けておきたい仕事は山のようにある。机仕事はあまり得意ではないが、この槍を揮う機会がなくなることこそ真に喜ぶべきことなのだろう。何から手を付けたものかと作業内容を整理し、優先順位を考えながら予定を立てる。できれば教団と今後の方針の擦り合わせも行っておきたい。
 大司教であり、妻であり、愛しい人を見遣る。できれば今日は一日ゆっくりと休ませてやりたい。叶うならば、眠るその姿をずっと見ていたい。今日は寝室で仕事に勤しもうかと考え始めた頃、ディミトリの視線に気付いたように伏せられていた瞼が持ち上がり、夢と現の狭間を漂う瞳が姿を現す。むくりと身を起こしたベレスに、ディミトリは声をかけた。
「おはよう」
 おはようと挨拶を返し、疲れているのかまだ眠たげな様子で瞼を擦りながら化粧着を掴むと、ベレスは寝台から出て立ち上がる。その体がびくりと強張るのを、ディミトリは見逃さなかった。
「痛むのか」
 即座に駆け寄り、問いかける。初めて男を受け入れたのだから、痛みに動けなくなるのも当然だ。無体を働いた身であるので、ディミトリの胸を罪悪感が刺していく。首を振り、何かを発しようとしたところで、再びベレスの体がぎくりと固まり、その口から出るはずだった言葉は『あっ』という短い声に変わってしまった。俯いたその顔に、さっと朱が差す。
 何事かと思ったところで、ディミトリはベレスの足元を濡らしているものに気が付いた。昨夜の自分が散々放ったものが、どぷりと溢れて白い腿をどろどろに汚していた。すまない、と今度はディミトリが赤くなる番だった。
「浴室まで運ぼう」
 膝の裏に手を差し入れて抱き上げると、ベレスは両腕を首に回してしっかりとしがみ付いた。腕の中にある重みの心地良さを感じながらディミトリは歩き出す。触れ合う体から伝わる温もりが愛おしい。
「湯浴みを済ませたら食事にしようか。今日はお前がしたいように過ごせばいい」
「じゃあ、君と遠乗りに出たいな」
 可愛らしい要求を漏らした妻に、ディミトリは快く頷いた。口付けを交わし、ごく近くで見つめ合いながら蕩けるような笑みを浮かべる。二人を包み込むように、やわらかな朝の光が差し込んでいた。
 窓の向こうには、雲一つない青空が広がっている。