薬指に希う

FE風花雪月ディミレス

「今回の布陣だと、これは君が持っていた方がいいと思う」
 その言と共に、ほっそりとした指から引き抜かれた指輪が手渡される。受け取ったその指輪を嵌めると、指の半ばほどで止まるのが常であった。一瞬の抵抗の後、何事もなかったかのようにするりと滑っていくこの感覚は、ひどく不可思議なものであると毎回思う。
 加護や魔力を帯びた指輪は使用者に合わせてその姿形を変え、誂えたかのように馴染む。取得した古の遺物を扱えるのも、こうして状況に合わせて使用者を変えられるのも、この特性があってこそなのだろう。
 前線に立つ者同士であることから、装備品を共有する機会は多い。本来なら行うことのできないその貸し借りを行っているということは妙な気持ちであった。



 それは、もうすぐまで迫った先生の誕生日に、何かを贈りたくて市場を訪った時のことである。きらりと光るその輝きが、いやに目に留まったのだ。
 日頃世話になっていることの感謝や、散々迷惑をかけたことへの詫び、そして何よりもその日を祝いたいと思って、何か気持ちを伝えられるような品を考えていたのだが、なかなか見付からない。シルヴァンに相談すべきだっただろうかと思い始めた頃、ふと見付けたそれに目を奪われた。
 それは、宝石があしらわれた指輪である。
 普段こういった装飾品にあまり興味は抱かないのだが、何故か気になってしまい、ふらりと吸い寄せられるように指輪の前で足を止める。
「こちらは希少な品となっておりまして。何しろフォドラが一つだった頃のものだそうです」
 真偽の程は分からないのですが、と店主は曖昧に笑う。確かにその真贋を確かめる術はないが、それが放つ煌めきは決して紛い物だとは思えなかった。それに、造詣が深い訳ではないが、一瞥してある程度見分けが付く程度には『本物』に触れてきたとは自負している。
「こちらなのですが、注意としては径が決まっているので付けられる人が限られることです」
 じっと指輪を眺めていると、店主が続けて口にする。希少らしいこの品がこうして店に並んでいるのは、そういう理由であるらしい。径が可変しなければ、自ずと装着できる者は限られる。手に取ると、宝石が光を照り返して揺らめいた。
 指輪を自らの指に嵌めてみる。すっと指を通っていったその輪は、半ばほどでぴたりと止まる。それはとても馴染みのある感触であった。その時、柄にもなく思ってしまったのだ。
 ──運命だと。
 漠然としたその思考に、深い意味はない。ただ、この指輪はあの人のためにあるものなのではないかと思ってしまったのだ。
 熱く震える気持ちのままに、気付けば指輪を購入していた。完全なる衝動買いであり、その後のことなど全く考えてはいなった。それ故に、手の中にある指輪を見て考える。これを贈ることの意味を。
 指輪を贈るという行為とは、特別な意図を孕むことだとは流石に理解している。すると、先生に贈るつもりで買ったはずであるのに、これを贈ってよいものかという躊躇いが後から湧き上がってくる。
 それは、愛していると伝えることを意味している。果たして自分にそれが許されるのか。そんな己の思考に気付いた時、ああ自分は既に彼女を愛してしまっているのだと自覚した。
 彼女の指に、この輝きがある姿を考える。自分の元に縛り付けることへの恍惚と罪悪感が、同時に押し寄せてきて綯交ぜになる。そうあればいいという希望と、彼女の未来を奪ってしまうのではという恐れが、胸の中に広がっていく。
 考えども、思考と決意は全くもって纏まらない。このままそれを渡すことは躊躇われて、煮え切らない思いと指輪を手の中に握り込んで懐にしまった。その決断をするには、足りないものがあまりにも多すぎる。結局、誕生日に贈ることができたのは、当たり障りのない内容の手紙であった。
 その贈り物を渡すのは、もう少し先の話である。