失楽園で逢いましょう

FE風花雪月その他

初めて生徒を殺したときに書き殴った短文ログです


 花を育てているのだと言った。赤い薔薇が咲く予定なのだと。温室に降り注ぐ柔らかな 陽光の下で見た微笑みを思い出す。この花が咲いたら贈ろうと、そう言ってくれた優しい声。

 咲き誇るは大輪の薔薇。舞い散るは真紅の花弁。
 そして、方々で上がる鬨の声と、鼻腔に纏わり付く生臭く濃い鉄の臭い。手にした獲物を振り下ろすと、まるで勝利を祝うかのように華々しく赤い花弁が散る。命が散る。
 ああ、でも。魔獣は幾つも心臓を持っているから、ちゃんと殺さないと。今は人の形をしているけれど、もしかしたら魔獣に変わってしまうかもしれないから。
 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。
 花が咲く。より大きく。花弁が舞う。
 殺す。殺す。殺す。
 かつて同じ学舎で過ごした友を。相対する敵将を。輝かしい思い出を。
 魔獣かもしれないのだから、ちゃんと殺さなくては。元の形が分からなくなるくらいに。これが誰であるのか分からなくなるように。動かなくなった体に何度も武器を突き立てて。その思い出を吹き出す飛沫で塗り潰して。
「……もういい」
 武器を振り下ろそうとした手は、その言葉と共に掴み阻まれた。ちゃんと殺さなくてはいけないだろう。その思いを込めて振り返ると、沈痛な面持ちで首を振られる。
「もう、死んでる」
 そう告げた顔は、ひどく真っ青で。そちらの方が死人ではないかと笑い出したくなる。
 この胸にある思い出を、忘れてしまえればどれだけ良かっただろう。何もかも忘れて、ただ敵将を屠ることができれば、どれほど。
 忘れられるはずがないのだ。あの日々はかけがえのないもので、既に自分の一部となっている。それを捨ててしまえば、もう自分ではない。どうしようもなく、楽しかったのだ! 捨てることができないほどに!
 忘れられるはずがないのだ。自分が今こうして殺した、この人物を。共に過ごした美しく瑞々しい日々を。温室で過ごした、静謐なあの時間を。贈られることがなかった赤い薔薇を覚えている。全てを。
 その思い出が眩ければ眩いほどに、落ちる影はいっとう暗くなると知っていたから手放したかった。手放せなかった。
 思い出を一つ一つ鮮血で塗り潰しながら行軍は続く。塗り潰しただけでそこにまだ存在しているそれが、疼痛を訴える。足元に広がる血溜まりはより一層大きくなっていき、赤く赤く咲き誇っていく。
 魔獣かもしれない、などとよく言ったものだ。ここにいる自分の方が、よっぽど魔獣と言えるのではないか。或いは既に魔獣と化しているのではないか。そう考えるが、自分が魔獣でないことは分かっている。獣の身分に落ち、思考を忘れて逃げることなど許すものか。全て憶えてこの身に刻みながら進むのだ。
 鳴呼、それでも。願うことだけは許されるならば。

 温かいその手から、赤い薔薇を受け取ってみたかった。

 その手の温もりは自分が奪ったと知りながら、矛盾を望む。それでも、大事を成すためには奪わねばならないことも理解している。相反する思いに、心が千々に千切れてしまいそうだ。
 戦場に慟哭が響き渡る。行き場のない思いを抱えた咆哮が、地を震わす。この身が獣なれば、思い悩むこともなくなるのに。


 美しき思い出は、今もこの胸に。