重いは想い

FGOベディぐだ

「剣を教えて欲しい……ですか」
 真剣な表情で頼みがあると呼び止められたので、何事かと思えば告げられたのはそんな内容であった。立香が何を考えていたのかは想像に難くない。せめて自分の身は自分で守れるように──といった具合だろう。
 彼女はいつも、自分の無力さを感じている。何もできず、そこに立っていることしかできないことに歯痒さを感じている。だからこそ、こんなことを願い出てくるのだろうが。
 彼女は気付いていないのだ。常に寄り添ってくれる他者がいることの心強さを。決して目を逸らさず、震える足でそこに立っていてくれることこそが、何よりも力を与えてくれるということを。
「私でよろしければ、ご指南しますよ」
 告げると、立香は心底驚いた様子でその丸い目を瞠っていた。十中八九断られ、嗜められるものだと思っていたのだろう。いいの? と問う声は期待に上ずっており、ベディヴィエールは鷹揚に頷いてみせた。
 自分が扱っている剣は立香には重すぎるので、訓練用の刃引きした剣を調達してくる。要望の品を完璧に投影しながら、正気を問うように鷹の目がこちらを睨む。微笑んでそれに頷けば、彼がそれ以上何かを言うことはなかった。
 おっかなびっくり剣を握る小さな手に、自らの手を添えて指導する。予想以上に重いのだろう、いつもは明るいその表情がどんどん苦しげに歪んでいくのが分かる。基本的な動きを伝え、剣を振る様を見守っていると、あっという間に息が上がっていき、滲む汗に髪が貼り付いていた。
 魔術の才がないことを理解しているからこそ、できる限りの方法を試そうとしているのだろうが、剣の扱いも一朝一夕で身につくようなものではない。立香は良くも悪くも『普通の人間』なのだ。
 恐らく剣術と言える水準まで立香の技術は伸びないのだろうと、彼女の動きを見て予想する。そうなることは分かっていたが、あえて指南を請け負ったのは、こうして経験を積むことで彼女の中の可能性や選択肢が増えればいいと思ったからだ。それが彼女が望んでいた形でなくても、何かの形で開花すればこの行為も無駄ではない。
 もう一つ、決して立香には言わないが、この胸を占めたのは紛うことなき嫉妬心である。彼女が一番に自分を頼ってくれたことへの喜びは大いにあるのだが、断ればきっと彼女は他を当たっていたのだろう。彼女の頼みであれば、快く指南してくれる人間は沢山いる。そうして自分以外の人間がこうして剣を教える姿を考えると──面白くなかったのだ。単純で、みっともなくて、子供のようで。それでもそう思ってしまったものは仕方がない。
「一度立ち合ってみますか?」
 問いかけると、一も二もなく立香は頷いた。嬉しそうに破顔する立香には申し訳ないが、ベディヴィエールは手を抜くつもりは一切なかった。
 予備として作ってもらっていた訓練用の剣を構える。驚くほど軽いそれは、命の重みには全く届かない。この重さでは何一つ奪うことはできない。それを認識して、ベディヴィエールは安堵した。
 立香と対峙し、開始を告げたその瞬間、ベディヴィエールは閃光の如き一閃で立香の剣を弾き、その喉元に剣を突き付けた。潰されたその刃では傷を付けることはできないが、研ぎ澄まされた技の冴えと放たれる気迫が立香の体の自由を完全に奪っていた。
「やっぱりベディはすごいや……」
 切っ先を外すと、立香はその場にへなへなとへたり込んだ。
「お褒めに預かり光栄です」
 ベディヴィエールは落ちた剣を拾い上げ、腰が抜けた立香を助け起こす。緩慢な動作で立ち上がった立香は、未だ呆然とした様子でベディヴィエールを見つめている。少し怖がらせ過ぎたかと思ったが、加減をしてしまっては意味がない。
「付き合ってくれてありがとう。まさかベディが剣を教えてくれるなんて……」
 ベディヴィエールの性格上、嗜められると思っていたのだろう。不思議そうにそう呟いた立香に、ベディヴィエールはその理由をごく穏やかな声で告げた。
「ええ、まあ実際に握らせる気はありませんので」
 ひえ、と立香が小さく声を上げる。要は『その機会』が来なければいい話なのだ。決して、そんなことにはさせるものかと決意を新たにする。
「……私が怖かったでしょう。大切にしてください、その感覚を」
 容赦なく打ちのめされた瞬間を思い出しているのだろう、立香は何度も頷いた。
 この重みを、彼女は知らなくていい。