サンプル 血反吐を吐くように「好き」と言え。

「どうして君は剣を取ったの?」
 ベレスは問いかける。訓練場の真ん中で、少年が息を荒げながら伸びていた。まだ成長途中の小さな手には訓練用の剣があり、これだけは離してなるものかという気概だけが細く頼りない指に力を込めさせていた。
 季節は移ろい、すっかりと高くなった陽はフォドラの地を容赦なく焼く。立ち上る熱気はベレスの肌をねっとりと這い、汗を滲ませていった。教師としての日々に変化はないが、ベレスを取り巻く環境は少しずつ変化しつつある。
 天帝の剣を下賜され、ベレスは英雄の遺産の使い手としてすっかりと祭り上げられてしまった。本来、そこにあるべき紋章石がなければ英雄の遺産は力を発現しないはずであるのだが、おかしなことにこの剣は空洞を抱えたまま煌々と紋章の炎を燃やしている。時折、ぽっかりと空いたこの穴がまるで自分のように感じてしまう。人として決定的な何かが欠落していながらも生きている自分と、よく似ていると思うのだ。
 変わったことといえばもう一つ、ここにこうして汗みずくになっている少年だろう。元々はディミトリが請け負った指南ではあるが、多忙な彼に代わって時折ベレスが剣の稽古をつけてやっている。孤児である彼らは、ディミトリへ熱心に教えを乞うたのだという。その時に告げられた身の上話は、ベレスの胸をじわりと温かくしていった。
 そうして交わした約束に従い、ベレスは剣を教えているのだが、少年からはいつも悲壮なまでの焦燥が感じられるのだ。それは高みを目指すが故に逸る気持ちなのかもしれないが、どうにもベレスには少年が見えない何かに追い立てられているように思えてしまう。故に、その問いを投げかけた。
「……強くなりたいんだ」
 ぜいぜいと胸を喘がせながら、少年が答える。息を切らしながらも明朗に告げたその声音と、真っ直ぐにこちらを睨め付けるその目に、少年の決意が窺える。一体、何が彼をここまで駆り立てるのだろうとベレスは思料する。
 武芸の腕を磨くことで拓かれる道はある。ベレスと同じように傭兵として身を立てたり、騎士となり名家に仕えることができれば食い扶持に困ることはなくなるだろう。だが、それだけでこうも強い意志を抱くことができるだろうか。
「強くなって、君はどうしたい?」
 口にした問いに、少年はぷいと顔を背けた。汗に濡れた顔を細い腕で乱雑に拭いながら、彼は答えを口にする。
「やらなきゃいけないことがある。そのために強くなるんだ」
 年相応の高い声は、絞り出すように発されることで低く詰まった響きとなって耳朶を打つ。起き上がった少年を再び指導する中、言いようのない既視感がベレスの胸に広がっていく。不可思議なその感情の正体は、掴むことができなかった。
 天帝の剣を手にしたことにより、舞い込んできた課題は悪夢のようなものであった。英雄の遺産の持つ強大な力には、同じ力で対抗するしかないのは道理である。だが、そうして行われたのは征討という名の身内殺しだ。
 紋章を持たぬ故に生まれながらに道を閉ざされ、賊となり、紋章を持たぬが故に人の身すらも失った。そうして紋章の力に呑まれて獣となった男を討ったのは、紋章を持つ弟だった。
 ベレスは大修道院を訪れるまでずっと紋章とは無縁に生きてきた。傭兵稼業には剣の腕さえあればよく、その身に流れる血など斬られれば噴き出す程度のものでしかなかったが、ベレスの血潮には古の紋章が宿っているのだという。
 紋章により人生すら決められてしまう世界において、ベレスは持つ者として生まれた。故に、持たざる者の苦しみを理解することはできない。生徒達にも紋章を持たない者はいるが、英雄の遺産を持ち出さねば視界に映ることすらできなかった者の苦しみを理解することはできないのだろう。
 その苦悩は本人だけのものであり、その先に取った行いを果たして愚昧で傲慢なものであると断ずることができただろうか。マイクランが死んだ今となっては、考えても詮無きことであるとは分かっている。ただ、他の未来はなかったのだろうかと思わずにはいられない。この出来事は、シルヴァンの胸に消えない傷として残るのだろう。そのことが、苦しい。
 学級を受け持ち、生徒達と交流を重ねて気付いたことは、彼らが皆それぞれに傷を抱えて生きているということだった。その支えになることができればと思い続けているのだが、どうして現実はかくも残酷なのだろうか。せめてこれ以上彼らが傷付くことがないようにと願う。この手で守りたいという思いは、今まで抱いたことのない類の感情であった。
 しかし、ベレスは教師の身である。彼らが士官学校を卒業してしまえば、恐らくもう二度と道が交わることはないのだろう。ずっと共にあることはできない。そんな自分にできることは、自らが持つ知識と技術を余すことなく教えることだ。彼らがこの学び舎を去った後、自分はどうしているのだろう。教師を続け、新たな生徒を迎えては教え導き、季節の巡りと共に送り出していくのだろうか。
 先のことを考えるより、今はここにいる生徒達を指導すべきだ。彼らが望む道へ進めるように、そして、願った未来を掴むことができるように。思い出されるのは、儘ならぬ現実に眉を寄せながら拳を握り締めるディミトリの姿。王の座は未だ空位であるが、いずれ彼がその地位に就くのだろう。そうして、いつか彼が願ったような互いを尊重し、理解し合えるような世界になればいい。
 差し当たっては鷲獅子戦に向けての準備である。良い結果を残せるようにとベレスは生徒達の指導に励むのだった。
 そうして迎えた二度目の学級対抗戦もまた青獅子の学級ルーヴェンクラッセの勝利に終わり、学級の垣根を超えて行われた宴は夜遅くまで続いた。そこで生徒達から告げられたのは信頼と親愛の情。それは瑞々しく温かで、蕩けるように柔らかくベレスを包む。
 寝台に体を横たえながら、冷めやらぬ興奮に熱い息を吐き出した。瞼を閉じて何とか眠ろうと試みるが、目が冴えてしまって寝付けそうにない。この甘くむず痒いような痺れが、眠ってしまえば消えてしまうような気がして名残惜しいのだ。
 この感情を繋ぎ止めておきたくて、もう少しだけと密やかに寝台を抜け出す。自室の扉を開けると、黒々とした闇がぽっかりと口を開けてベレスの訪れを待っていた。少し冷えた風が火照った頬をしっとりと撫でていくのが快い。誘う手を取るように、夜の帳の中へと躊躇うことなく足を踏み出した。
《ほっほっほ。おぬし、眠れぬのか》
 静まり返った修道院をあてもなく歩いていると、自らの内から揶揄うように語りかけてくる声。貯水池に映る緩んだ顔を眺めながらベレスは頷いた。眠れないのだ、嬉しくて。
《これが教え導く者の喜びというものよのう》
 少女の話に相槌を打ちながら、胸の中に満ちていく温かなものを感じる。優しく穏やかで、心地良い気持ちだ。これこそが、生徒達を想う慈しみの情なのだろう。ならば、時折この身を揺さぶるあの鮮烈な感情は何なのだろうか。
 空を仰ぐと遥か遠くで星々が瞬いている。触れ得ぬ星屑に手を伸ばすような、胸を掻き締め付ける、決して心地良いとは言えない焦りにも似たその熱情。それは、そう。
「先生?」
 ──彼を目にした時のような。
 振り返る。立っていたのは見知った姿。いつも燦然と輝いているその髪は、円い月から降り注ぐ光を受けて淡く浮かび上がっている。夜闇の中であってもその美しさは損なわれることなく、変わらずベレスの目を惹き続けるのだ。真昼の空の瞳は真夜中の海の色へと変じて、凪いだ水面が静かにこちらを見つめていた。
 ぱしゃり。貯水池の魚がしなやかに身をくねらせ、水中を掻き混ぜる。微かなその音は深夜の静寂の中ではとてもよく響き、陶然としていた意識を引き戻した。
「どうしたんだ、こんな夜更けに」
 ディミトリは毎夜遅くまで訓練場に籠っており、ベレスとは夜間の見回りでよく出会う仲である。だが、こうしてただ偶然に遭遇するのは初めてのことかもしれない。
「眠れなくて……」
 零すと、ディミトリは小さく笑った。
「鷲獅子戦での勝利は素晴らしいものだったからな。それに、今日の宴は本当に楽しかった。眠れなくなるのも無理はない」
 鷲獅子戦での勝利の余韻や、賑やかな宴席の記憶も一因ではあるのだが、ベレスを最も昂らせたのは生徒達から告げられた飾らぬ気持ちであった。ずっと遠かったディミトリの心の一端に触れることができたのが、堪らなく嬉しかったのだ。
 間近にあるその容貌を見上げる。伸びた睫が濃い影を落としていた。時に険しくこちらを睨め付けていたその双眸は、今は柔和な色を湛えている。漂う和やかな空気に、彼から信頼を得ることができたのだと実感する。
「そうだね。それに、君達が私を受け入れて認めてくれたことが、とても嬉しかった」
 君には特に警戒されていたようだったしね、と続けるとディミトリは苦く笑う。彼との間には絶対的な距離が隔たっていた。その距離が無くなったとは思えないが、少しは縮めることができたのではないかと思う。
「確かに俺はお前を訝っていた。だが、今は心の底から信頼している。この思いは本当だ」
 ベレスは頷く。信を置いているからこそ、彼は自らが抱えていた思いを打ち明けてくれたのだろう。人形のようだと言われ続け、挙げ句の果てには灰色の悪魔と名付けられたこの身であるが、いつの間にか表情が動くようになっていたらしい。それは生徒達との瑞々しく新鮮な交流が齎したものなのか、はたまた別の要因なのかは分かりかねた。だが、嬉しそうだと告げるディミトリこそがとても嬉しそうに見えて、ベレスはもっとその顔が見たいと希求するのだ。
 もっと、彼の様々な表情が見たい。色んなことを知りたい。その内側に触れてみたい。混じり気のない願望は次から次へと溢れ出して、ベレスの背を押し急かす。この強い思いは、胸焦がす情熱は、一体どこから来るのか、そしてどこへ行くのかは分からない。ただ、それがとても大切なものであることは何とはなしに理解していた。
「……あと半年で、俺達はここを卒業するんだな。先生はこれからどうするんだ?」
 彼らが去った後の未来を考える。想像して、浮かばなかった。大修道院の中には生徒達と過ごした記憶が色濃く残っていて、彼らがいない光景を思い描くことができない。
「分からない……」
 口を突いて出たのは飾らぬ思い。半年後の自分がどうしているのか、想像がつかない。また新たな生徒を導く師となっているのか、それとも再び傭兵の身に戻っているのか。
 今、ジェラルトから修道院を去る選択肢を提示されたとして、それを自分は拒むという確信がある。生徒達の傍にいたい、見守りたいという願いがこの胸にある。今まで、自らの意思と言えるものは持っていなかった。父に連れられるがまま傭兵稼業を行い、それでいいと思っていた。初めてなのだ、これほどまでに強い思いを抱くのは。それ故ベレスは戸惑う。
「なあ、先生。……いや、何でもない」
 言いかけて、ディミトリは続きを失い口を噤んだ。しんとした静けさが、二人の間に横たわっている。彼が落としたものを知りたくて、ベレスはじっとディミトリにねだる。窮してしまった彼は、困り果てた表情でついと視線を逸らした。
「本当に何でもないんだ。さあ、夜も遅い。そろそろ戻ろう」
 言葉の続きを知りたがったのはベレスを満たす好奇心であり、ディミトリを苦しませるのは本意ではない。それ以上は追求せず、ベレスは頷いてディミトリの後に続く。
 少し歩幅を大きくして、開いていた距離を詰めた。彼の隣を歩きながら、その横顔を眺める。凛とした涼しげな目が、真っ直ぐに前を見据えていた。視線の先には何があるのか、輝かしい前途が見えているのか、ベレスには知ることができない。前を見る。暗闇がじっとこちらの様子を窺っていた。
 寮の階段の前で別れ、一人になると途端に夜の寒さが身に凍みた。自室に戻り、今度こそと寝台に潜り込み瞼を下ろせば、体の芯から温もりが広がっていって眠りの淵へと誘う。
 自分の今後は分からない。ただ、今は生徒のために力を尽くそうと心に決める。そうして、この陽だまりの中に佇むようなぬくぬくとしたものを積み重ねてゆけたらと思うのだ。
 ──眠りに落ちるその最中、何かが落下する音を聞いた。
 どさり。体に走る衝撃に、途切れていた意識が戻ってくる。暗転していた視界に光明が差し、開けたその先ではジェラルトが慌てた様子で覗き込んでいた。
 ルミール村に起きている異変を聞き、偵察隊から詳細を確認しようとした矢先のことである。突如として襲いかかってきた目眩にベレスは昏倒してしまったのだ。頭の中は淀み、不快感がぐるぐるととぐろを巻いている。寝込むほどのものではないのだが、どうにも体調が良くない。
 冬の気配を滲ませる外気に体が順応し損ねたのか、それとも他の要因か。思い出されるのは真夜中の邂逅である。眠れぬ夜に出会い、言葉を交わした記憶は鮮やかに残り続けていた。その相手であるディミトリから聞かされたのは、エーデルガルトと彼が義理の姉弟であるという事実である。
 義理の叔父と言葉を交わす彼の姿には覚えがあった。礼節を以て友好的に接しながらも、どこか緊張感が漂っているのだ。信を置かず、相手を警戒し、観察し続ける目がそこにある。それは、かつてベレスにも向けられていたものだった。
 四年前、彼の周囲には信頼を置ける者がドゥドゥーだけしかいなかったという。フラルダリウス公とは家族のような関係性を築いていたようだが、国は違えど義理の叔父にあたる人物への対応としてはどこか疑問が残る。ディミトリとの間に何か確執があるのかと言えば、そうではないようだ。
 寄進記録を探っていたことを考えると、何か情報を掴んでいて、それを確信に変えるために動いていたのだろう。しかし、その行為は一体何のためであるのかということがいまいち分からない。まだ教えていない事情がこれでもかとありそうだ、という少女の言葉が頭の中でいやに残り続けている。
 踏み込み過ぎだ、ということは自覚している。それでも気になってしまうのだ。もしかするとそれは、時折彼が見せる寂しげな瞳の理由なのではないかと。知ったところで何ができるという話ではあるのだが、ディミトリが不穏な出来事に巻き込まれたりはしないかと心配なのだ。
 何事もなければ良いのだがと思案していた事柄は、別の形で裏切られることとなる。不吉な足音はすぐ背後まで迫っており、それは唐突に発火し、炎上した。
 太い梁が焼け落ちる様を、呆然と見つめる。そこには幼い子供を抱えた家族が住んでいたはずだった。ルミール村の様子が急変したとの報に駆け付けた先にあったのは、地獄だ。
 少し前まで滞在していたベレスの記憶には、在りし日の村の様子が鮮明に残っている。そこはとても穏やかに日々を過ごす人々が集い、農耕を営みながら暮らしていたはずなのだ。このように火の海に包まれ、無残な死体が積まれていい場所では決してない。路傍の石のように転がっている小さな体は、もうすぐきょうだいができるのだと笑っていたのだ。
 流れる血と、炎上する幾つもの家屋。燃え広がった火は生きている人間をも焼く。それらが混ざり合った壮絶な臭気が鼻を衝いた。村内には怒号と悲鳴が響き続けている。堪えるものがあるのだろう、ディミトリが青い顔で頭を振った。当然だ。こんなものを見せられて平常心でいられるはずがない。
 まだ生きている村人達を救い、その影で暗躍する者を討つため、ベレス達は走り出した。もしもこの出来事が人為的に引き起こされたものであるのなら、到底許し難い行いだった。
 かつて村内を案内してくれた青年は、その人好きのする笑みを狂気に窶して襲いかかってくる。殺さぬよう急所を外して斬り、自由を奪いながら、彼らは騎士でも兵士でもないと怒りを露わにしたディミトリの姿をベレスは思い出していた。
 どうして、どうして。儘ならぬ状況に憤る。彼らは自ら武器を手に立ち上がった訳ではない。できる限りの村民を助け、この事態を引き起こした首魁をようやく追い詰めたが、あと一歩というところで逃してしまった。実験台という言葉に、村の人々は理由なく虫を潰すように蹂躙されたのだと知る。
 何故、彼らがこのような目に遭わねばならなかったのか。理不尽に命を奪われ、大切な者を亡くし、住む場所すら残っていない。このような惨い行いが、どうして許されようか。
 怒りに目が眩む。そんなベレスをジェラルトは変わったと言う。今まで、こうも感情を露わにしたことはなかったと。
 生徒達を指導する時に、自分は嬉しそうな顔をしていたのだという。自覚はなかったのだが、ずっと傍で見てきたジェラルトが言うのだからそうなのだろう。だとすれば、その変化を齎したのは生徒達なのかもしれない。
 不穏な影や数々の謎はあるが、今は何よりルミール村を建て直すことが先決だ。そして、暗躍し忍び寄る脅威からも生徒達を守らねばならない。これ以上何も起きなければ良いがと憂うベレスの胸にいつまでも残り続けるざわめきは、まるで何かの予兆のようであった。
 炎の海は全てを飲み込んでようやく鎮まった。あそこまで広がってしまえば鎮火は不可能であったが、それでも何もかもを失ってしまった村の光景は傷となって刻み込まれる。修道院に残っていた人員や生徒達を集めて後処理を行ったが、誰しもが目を疑い、やがて口を重く閉ざして黙々と作業を行っていた。かけられる言葉など、何一つ見付けられなかった。死者を弔い、瓦礫を片して修道院へ戻る頃にはとっぷりと日が暮れ、辺りは宵闇に包み込まれていた。長い、一日だった。
 各々自室へと引き上げていく姿を見届けていると、ベレスを見つめる視線があった。どこか張り詰めた表情に、何か伝えたいことがあるのだと察する。どうしたと問えば、ディミトリはほっとした様子で微かに相好を崩した。場所を変えようと二人訪れた訓練場で、ベレスは彼の心の内側に触れる。
 受け入れられないものがある。彼にとって、それは四年前に見た地獄であると。それが一体どのような事柄であるかは知っている。『ダスカーの悲劇』と呼ばれる事件だ。だが、彼が見た光景がどのようなものであるかはベレスには想像することしかできない。ただ一人生き残ったという彼が抱える苦しみも。それは、ディミトリ自身にしか理解できない苦痛だ。
 ただ、彼の話を聞いてベレスはようやく納得することができた。いつかに彼が零した、互いを尊重し、理解し合う道はなかったのかという理想。大義を掲げれば何を踏みにじっても許されるのかという慷慨。それらは全て、彼のこの経験に基づいているのだと。故に、彼は一方的に奪い、蹂躙するやり方を決して許せない。それがディミトリの受けた傷であり、彼自身の『受け入れられないもの』であるからだ。
 村で見た惨劇を思い出す。その中で、ディミトリは愛する者達を失った。死の淵を彷徨い、ドゥドゥーの他に頼れる者もなく生きてきたのだという。もし、自分がジェラルトと生徒達を失ったらと考える。想像など、できようもなかった。
 ディミトリは士官学校に入った目的は復讐を果たすためなのだと語った。その表情は窺い知れない。彼はどうしてそれを話してくれたのか、一人残されたベレスは考える。ふと浮かんだのは、いつかに剣を教えた少年の姿。似ている、と思った。抱いた既視感の正体は、未だ分からないままでいる。