むすんでひらいて

FGOベディぐだ

 在りし日の輝かしき王都があった。夕暮れを背に振り返り、我が主は私の名前を呼ぶ。鳴呼、おやめ下さい。あなたにその名を呼ばれる資格など、私にはないのです。
「ベディヴィエール」
 その残響が、いつまでも耳に残って離れない。この音は、私にとって守り抜かねばならない尊いものであり、同時に私が犯した罪の象徴でもある。
「ベディヴィエール」
 この声に名を呼ばれることが私の誉れであった。今は、どうしようもなく苦しい。決して雪げぬ罪の証が、ここにある。右腕が疼く。使う度に魂が燃えるこの痛みは、愚かな私への罰なのでしょうか──
「ベディヴィエール!」
 焦燥に満ちた声が私を呼ぶ。我が王が私をそのように呼んだことなど一度としてなかった。我が王が私を呼ぶ時は、泰然自若とした揺るぎのない声音なのだ。
 ああ、何故。私はこの声に対して、『目覚めなくてはならない』などと感じるのだろうか。縋るような、この弱々しい声に。
 重い瞼をどうにかこじ開ける。体はすっかりと疲れ切っていて、指先一つ動かせそうにない。歴戦の円卓の騎士が聞いて呆れる。曖昧な意識は次第にはっきりとしていき、目の前の景色が像を結んでいく。
 天幕があった。異国の空気を漂わせるその造りは、キャメロットには存在しないものであった。だが、不思議と覚えがある景色だ。
「ああ、まだ起きちゃダメだよ!」
 戦わなくては、と起こそうとした体はその声に制止される。元より起き上がれるような体力など残ってはおらず、寝台の上へと沈み込んだ。
「ごめんね、起こしちゃって」
 魘されているみたいだったから、と告げたのは幼くどこか頼りない少女であった。細い指先が目元を拭う。そこで私は自分が泣いていたことに気が付いた。
「夢を、見ていました」
 怖い夢? と彼女が問いかける。記憶を浚ってみるものの、覚えているのは夢を見ていたという事実だけで、その内容は靄がかかったかのように全く思い出せない。泣くほどよい夢だったのか、悪い夢だったのか、それすら思い出せない。
「よく、覚えていません……」
 曖昧な答えに、少女はそっかと頷いた。水を飲むかという問いに、首を振る。今はとにかく体が重くて眠りたかった。
 突然、生身の手に柔らかな温もりが触れる。視線を向けると、私の手に小さな指が絡んでいる。少女は照れ臭そうに笑った。
「悪い夢を見た時、もう一度寝るのって怖いでしょう? 少しでも怖くなくなればって思ったんだけど……どうかな?」
 繋いだ手から伝わる体温が、一人ではないのだと告げてくる。私の傍に立ち、共に歩んでくれる人がいる。たとえかつて轡を並べた騎士達と戦うことになろうとも。犯した罪と向き合うことになろうとも、隣には彼女達がいる。
 右腕が疼く。魂を燃やし尽くした体が、軋むような痛みを訴える。あと何度、私は立ち上がることができるのだろうと考えて、やめた。何度でも私は立ち上がらねばならぬのだ。あの方のために、自身の罪を償うために。
「リツカ、私は──」
 我が王に、生きていて欲しかっただけなのだ。
 手を握る力が強くなる。否、私がその手を握り締めているのだ。吐き出せない思いを乗せて未練がましくその小さな手に縋り付いているだけなのだ。
「私は、私は──」
 目頭が熱くなる。理由の分からない涙が私の視界を滲ませる。
 貴女に言っていないことがある。
 手を握る。痛いよ、という声はなく、私の目元を優しい指先が拭う。どこまでも弱く、優しい貴女はきっと傷付いてしまうだろう。私と出会ったことを後悔するかもしれない。鳴呼、どうか。
 ──どうか、私を赦さないで。