俺+レナータ

メルクストーリア

題名の通り。イマジネーション豊かな方向け


 今日は護衛職として初めての任務だ。キャラバンを隣町に送り届けるという簡単な任務であったが、初仕事という重圧に体が強張る。今回は特別に経験者を同伴させてくれるというが、果たしてどんな人だろうか。自分の立場からすると先輩にあたる人物である。やはり厳しくあれこれと指導頂けるのだろうか。緊張か寒さか、体がぶるりと震えた。その人とは宿屋の前で待ち合わせることになっている。そろそろ約束の時間だろうか。
「君が新人さんかな? レナータだよ、よろしくねー」
 ひらひらと小さく手を振りながら、まるで近くへ遊びに行くような気軽さで声をかけてきたのは小さな少女であった。その手に携えられた猟銃がなければ、彼女が同業者であるとは考えもつかなかった。慌てて名乗り、挨拶と共に頭を深く下げる。
 垂れ目がちな大きい双眸と、片側をハーフアップにした水色の髪に黄色い髪留めが良く映えた。幼いながらも手練れであるはずなのに、彼女の周りはひどく和やかな空気が漂っている。ぴりぴりとした緊張感や、食い殺されそうな殺気などは一切感じさせず、何だか拍子抜けする。不思議な人だと思った。
「じゃあ行こうかねえー」
 茶でも啜ろうかという悠然とした様子で、レナータは気楽な様子で歩き出す。外見にそぐわない落ち着き払った所作は、数々の依頼をこなした余裕からなのか、生来の気質であるのか。キャラバンと落ち合い挨拶を済ませると、隣町に向けて出発をする。天候は悪くない。モンスターが活発になっているといった話も特に聞かないので、今日の任務は穏やかに終えられそうだ。
 雪道をさくさくと踏み鳴らしながら白い森を歩いていると、護衛は初めてかと問われる。今まで狩りなどはしたことはあったが、護衛という任務は初めてである。隠さず告げると、じゃあ今日はいい経験になる、と彼女は気の抜けた笑みを向けてきた。
 道程の半分を過ぎた頃であろうか。今のところ特に変わったこともなく、初任務は恙なく終ろうとしている。波乱というか、任務らしいハプニングを期待していなかった訳でもない自分は、ほんの少しの落胆を覚えていた。まあ初仕事であるからいきなりそんな任務は任せられないか、と思惟した時、にわかに近くの茂みがざわめく。
 現れたのは、自分の背丈の倍はあろうかという大きさのモンスターだった。突然のことに虚を衝かれ、思わず身が竦む。即座に自身を叱咤し、銃を構える。狩りなら何度となくやってきた、やり方としては変わらない。そう弾みを付けたのだが、動揺する人々がモンスターから離れようとすると、モンスターの意識がそちらに向かう。彼らは対峙する術を持たない。狩りとは同じようで、まるで違っていた。自分はこの人達を守らねばならないのだ。何もかも勝手が違う。想定外の動きばかりをされて、発砲が儘ならない。落ち着かねばならないのに──焦りに視野が狭窄し始めた時、寒空を発砲音が切り裂いた。
「あのモンスターは癒されてたみたいだからねえー。そういう時はこうして驚かせて帰ってもらうといいのさー」
 餌を探してこっち側まで来ちゃったんだろうねえー、と言うレナータの手には、硝煙をくゆらせる猟銃が握られていた。今までのんびりとした姿しか見ていなかったのであまりそういった印象を抱かなかったが、彼女は数々の依頼をこなしてきた銃士なのだと実感する。
 荷物や人員に被害はなかったらしい。程なくしてキャラバンの列は再び目的地へと進み始める。先程の事態にぴりりと神経を張り詰めさせながら歩み続けていると、初めて顔を合わせた時と変わらぬ鷹揚とした様子でレナータが語りかける。
「銃は引き金を引くだけで全部終わるからねえー。タイミングが大事なのさー。それを見極めて、一度決めたら迷わずに撃つんだよー」
 でも、一番大事なのは、と彼女は続ける。
「──銃口を向ける先だよー。それだけは、絶対に間違えちゃいけないのさー」
 隣を歩く横顔は、ひどく大人びて見える。少女のその教えを、決して忘れないように、胸の奥にそっとしまう。飄々と言ったその言葉は、その実ひどく重い意味を持っていた。
「あ、見えてきた……。あともう少しだねえー」
 視線の先を追うと、目的地の街が目に入る。距離としてはそう長くはなかったはずだが、随分と長い道のりだったように思う。暫くして街に到着し、解散となる。レナータはまた別の依頼があるらしく、ここで別れることとなった。彼女を呼び止め、礼を告げると、その口元が弧を描いた。
「これからきっと君はいい銃士になれるよー。頑張ってねー」
 出会った時と同じように小さくひらひらと手を振りながら、やはり近所へ出向くかのような気楽さで彼女が去っていく。やはり最後までどこか掴めぬ不思議な人であったと思う。ひどく冷静であるがゆえに、ああいった振る舞いができるのだろうか。考えてみたものの、真実は分からない。
 次に彼女と会う時には、彼女の言葉に違わぬ銃士になろう。撃つことのなかった猟銃が、手の中で冷たく光っていた。