突然ですが、ベディヴィエール卿が先輩を呼ぶ時、その言葉の意味とは違う響きを伴っている気がするのです。確かめた訳でもなく、ただの私の推論でしかないのですが、何となく気になってしまうのです。
「ごきげんよう、我が主。本日の予定はいかがされますか?」
本日のメンバー編成の中に呼ばれていたらしく、ベディヴィエール卿は恭しく頭を下げる。今の響きに特段変わった点は感じられない。やはり私の思い過ごしだったのだろうかと考える。言葉はその音に含まれる意味しか持たないことは分かっているけれど、そこに違う意味が付随している。そんな風に思えてならない時があるのだ。
「今日はシミュレーターで模擬戦闘をしてみようか。ちょっと試してみたいことがあるんだよね」
「かしこまりました、姫様」
あっ、今。
今、その言葉の響きに、慈しむような優しい色が含まれた気がする。どんな意味か、と聞かれると返答に窮する。なにせ先輩を呼ぶその呼び名自体は一言たりとも変わってはいないのだから。ただ漠然と、何か別の意味を含蓄している、と感じてしまうのだ。
自身の内に晴れぬ疑念を抱えながら、先輩の後ろを歩く。隣にいるベディヴィエール卿も、その歩みを追って粛々と歩を進める。その歩幅は先輩のものに合わせられていて、卿らしい気遣いだと思った。
「今日は高難度の設定でお願いしてあるから少し緊張感を持って行こうか。魔神柱でも出て来るかもね」
それは軽い冗談のつもりだったのだろう。でも、古より伝わる言葉があることを先輩は知っているのだろうか。
言霊には力が宿る、と。
「魔神柱だ──!?」
シミュレーターから放たれたエネミーデーターを見て、先輩は絶叫染みた悲鳴をあげる。それはデータであり、仮想の存在ではあるものの、カルデアが蓄積してきた情報により、その能力は本物と遜色ない状態にまで仕上げられている。つまり、目の前にいるそれは、紛れもなく魔神柱なのである。
「戦線維持は私が。レディは守護対象を守れる位置に」
冷静な声音が叱咤する。いつでも先輩の防衛に徹することができる位置に着き、頷いた。緊迫した状況に歯噛みしながら、先輩が一言、命じる。
「ベディヴィエール、お願いできる?」
ちらりとこちらを一瞥すると、騎士はその命に応えた。
「お任せください、大切な人」
あ、と思ったのもつかの間。鳴り響いた剣戟に、その思考は一瞬で掻き消された。
激闘の末に魔神柱を打ち破り、帰還した現実世界で私達は先輩の労いを受けていた。
「お疲れ様! 二人とも本当にありがとう!」
流石に今回は焦るものがあったのか、先輩は無事を確かめるように力強く抱き着いてくる。ベディヴィエール卿は先輩を安心させるように、やわらかく微笑みながらその頭を撫でた。
「ご無事で何よりです……愛しい君」
あっ、と思う。
その声に違う色が混ざっていたこともなのだけれども、間近にある先輩の頬が蝋燭の火を灯したようにうっすらと色付いたからだ。もしかして、と隣に立つベディヴィエール卿を見上げるが、彼の視線は優しげに先輩へ注がれていた。
後輩として、言いたいことがない訳ではないのだけれども。
その声色で呼ばれた時の先輩がとても嬉しそうな顔をしているので、私は気付かないふりをしてあげよう。