天を仰いで唾を吐け

FE風花雪月その他

「あまいあまーいお菓子はいかが?」
 露店で売られる菓子の前には、いつも子供がひしめき合っている。時折やってきた行商が菓子を並べ始めると、甘い匂いにつられて集まるのだ。零れ落ちた砂糖菓子の欠片には蟻が集って蠢いており、うぞうぞと動く黒々とした塊は生理的嫌悪を抱かせた。彼女達にとって、俺はこの砂糖菓子のようなものなのだろう。
 紋章持ちの男という、甘い甘い砂糖菓子。家柄があろうがなかろうが、捕まえてしまえば貴族社会に成り上がれる都合の良い踏み台。この体に宿した血を求めて、幾人もの女性がしなを作って寄りかかる。小さな口をめいっぱい開いて、甘い甘い砂糖菓子を頬張って舌の上で転がすのだ。熱くねっとりとした口腔でなみなみと湛えられた唾液に包まれて、俺という存在は形を変えていく。少しずつ、自身を形作るものが溶けて消えていくのだ。
 所詮は打算の上の関係だ。俺は彼女達を利用し、彼女達は俺を利用する。それ以上でも以下でもなく、ただ明確な目的のためだけに互いを消費する。それは実に事務的で、合理的で。相手が求める言葉を吐いていれば、彼女達は薄っぺらい愛をくれる。その事実は揺るぎなく、いつだって俺を安心させてくれた。



「先生は今日もお綺麗ですねえ!」
 突如として自学級の担任に就いた教師。セイロス騎士団元団長の娘たる傭兵という物々しい肩書きに、一体どんな逞しい女性がやって来るのかと思ってみれば何のことはない、現れたのは実に可憐な女性であったのだから驚いたものである。
 着衣の上からでも分かる実に肉感的な身体に、本当に傭兵など務まるのだろうかという疑念が湧き上がる。そうしてなし崩しに付き合うことになってしまった手合わせの場で、多少なりとも戦闘訓練を受けて来た青獅子の学級ルーヴェンクラッセの面々を実にあっさりといなしてしまった姿を見て、一瞬で訝る気持ちは吹き飛んだのだった。
「どうです、こんな天気のいい日は俺と街まで食事に行きません?」
 教師といえど女性は女性。甘く誘われて嬉しくないことはないだろう。お近付きになっておけば授業や課題において多少融通が利いたりするのではないかという打算も大いにある。あとは、得体の知れないその正体を暴いておきたいという気持ちもあった。人心掌握において、人となりを知ることは実に重要だ。
 何か言いたげにじっとこちらを見上げる瞳に、実に信用がないものだと笑いが込み上げる。心当たりしかないので、ここは一つ付加価値を与えることにした。
「勿論、お代は俺が持ちますよ」
 瞬間、差したのは落胆の色。予想外の反応に虚を衝かれる。首を振り明確な拒絶を示しながら、何が気に食わなかったのか行かないと告げて高嶺の先生様は去っていった。随分と高貴な花だこと。盤上遊戯を遊ぶように、次の手を考える。
「店で見かけた時、先生の顔が浮かんで……思わず買っちまったんです」
 貰ってくれません? と差し出したのは、首飾りの入った小箱である。女性というものは得てして特別感というものに弱い。言葉に対して物が見合わなければ意味がないのだが、選定は完璧だと自負している。希少な宝石をあしらい品良く仕上げたそれは、形も質も一級品のもので喜ばない女性はいないと思う。し
 かし、宝石の輝きで影が落ちるように、白く滑らかな顔は一気に青ざめていった。いらない、と硬い声音が拒絶を告げる。足早に立ち去る姿に、装飾品はお気に召さなかったかと分析する。この手の贈り物は大抵の女性が気に入ってくれるのだが、どうやらその大抵の中にあの高嶺の花は含まれていなかったらしい。さて次はどう攻めようかと思考を巡らす。用済みになった首飾りは同じ台詞を吐いて適当な女の子に渡した。嬉しい、と実に甘ったるく空虚な言葉を貰った。
「先生は何なら喜んでくれるんです?」
 麗かな中庭で茶会の卓を囲みながら、真っ直ぐにその目を覗き込んで問う。あれから美味しいお菓子や希少な茶葉、あれこれと品を変えたものの一度として受け取られたことはなかった。嫌われているのかと思わざるを得ないが普段の反応は実に和やかで、こうしてわざわざ茶会に招いているあたり嫌われてはいないのだろうと自惚れでなく確信している。人の感情を読み取ることには自信があった。
 向かいに座している高嶺の花は、ゆっくりと紅茶の杯を傾けた。
「……君が渡そうとするものは、どれも君の献身の上に成り立っているものばかりだ。それを貰っても喜べない。手を抜かず訓練をしてくれる方が、私は嬉しい」
 向けられる視線を受け止め、逸らすことなく淡々と、しかし強い思いの滲む声音で告げられた言葉。浮かべた笑顔の下で、杯の持ち手にかけた指に力が籠る。
 見返りを求めない無償の愛、損得勘定の外側にある慈しみ。曖昧で、あやふやで、不確かな、理由や目的なんてない非合理極まりないその情動。俺は、それが。
「いやあ、先生は手厳しいなあ」


 吐き気がするほど、大嫌いだ。