ご褒美を君に

FE風花雪月その他

フォドラは小麦文化だと重々承知しているが、作るのはサンドウィッチではなく絶対におにぎりではなくてはなくてはならないという思想に従いました


 日が落ち夜も深まろうかという頃、ふと思い立ち食堂へと足を運んだ。食事時を過ぎたその場所に活気はなく、灯りの落とされたどこか物悲しい暗闇がじっと息を潜めている。調理場付近の燭台に火を灯し、棚から大鍋を引っ張り出した。
 食料庫から持ち出した大袋の口を開け、袋を傾けてその中身を鍋の中にぶちまけていく。ざらざらと音を立ててて鍋を満たしていくのは真白い米の粒である。
 滝のように流れ落ちていく幾つもの米粒を見ながら、いつかに聞いた『星の砂』の話を思い出す。どこかの砂浜には、星の形をした砂があるのだそうだ。いつか、見に行けるような日が来るのだろうか。思惟しながら米を研ぐ。掌に擦り合わされた米達がぎゅ、と小さく鳴いた。何度か繰り返し、水の濁りが取れてきたのを確認してから水を注ぎ入れ火にかける。水加減は米よりも幾分か上ほどである。
 粒が立った米が食べられるのは、不自由なく生きることができている証拠である。生活が貧しければ、できる限り腹を膨らませるためとにかく米に水を吸わせるように炊き上げるので、米の食感などはほぼ残らない。泥のような麦粥を皆で分け合い、時には煮抜きの汁を啜ることもあった。素材の味を楽しむことよりもいかにその日の飢えを凌ぐのかが肝要で、柔らかなパンやふっくらしとた米を久し振りに口にした時、自分が人間という生き物の形を取り戻したような気がした。
 盗みに入った自分を生かしたばかりか、養子にまで迎え入れてくれたその人への恩は、一生かかっても返し切れる気がしない。返すべき先はもう既に亡くしてしまったが、その人は暗い場所で生きてきた自分を照らすいっとう明るい光であったのだ。教会に反旗を翻し逆賊として処されようとも、その事実だけは揺るぎなく決して変わることはないと断言できる。だからこそ、時折ふと思うのだ。自分はあの方に誇れるような存在であるのかと。
 ちりちりと鍋の底が焦げる音に我に返った。そろそろ良い頃合いであるので、火を消して中の米を蒸らしていく。戦地の食糧事情はあまり芳しいものではないが、食事こそ最も大事なものであると自分は思う。日々の食事に麦粥が続けば、心がどんどん貧しくなってしまう。視野が次第に狭くなり、やがては人の形を忘れてしまう。だからこそ、食事の内容だけは削るべきではないと思うのだ。
 鍋の蓋を開ける。熱い湯気と共に仄かに甘い香りが立ち上り、つやつやと照る粒立った米達が姿を現した。炊き上がった米を底から返し、切り混ぜていく感触はずっしりと重く、少しずつ胸が昂っていくのを感じる。手を水で濡らし、小皿に盛った塩を満遍なく広げてから、炊き立ての米を掬って手の上に乗せた。
「あつっ」
 掌に乗せた米が思いの外熱く、一瞬怯んだその時、近くの扉が突然開かれ、今度はそちらに驚いてしまう。不吉な想像が頭を掠めて鳩尾のあたりがさっと冷えていくが、扉から現れた姿に緊張はあっという間に解れていった。
「何をしているの?」
 手提灯を手に立っていたのはベレスであった。食堂から微かに漏れる灯りが気になって見回りにやって来たらしい。こちらを見つめる彼女はくりっとした目を不思議そうに瞠っていた。どこか無防備なその表情は、少し微笑ましく映る。
「そろそろ遠征に出ていた人達が帰って来るんで、夜食を作っていたんです」
 炊いた米を握り、形を整えて大皿に乗せていく。鍋の中が空になる頃に、皿は満たされるのだろう。ベレスが自分も手伝うと申し出たので、鍋の前からやや移動して隣を空けた。なめらかな手が伸びて来て、手早く米を握っていく。皿に乗せられたものは自分が握ったものよりほんの少しだけ小さくて、どこか愛らしい。
「……頑張った後にご褒美があると嬉しいじゃないですか。僕は皆ほど強くはないけれど、そんな僕にもできることがあるんじゃないかって、思ったんです」
 黙々と米を握る間が気まずくて、気付けば口を開いていた。もしかすると胸に巣くった仄暗い思いを聞いて欲しかったのかもしれない。ベレスは頷きながら米を握っている。二人で取り掛かれば作業は早く、次々と皿が埋め尽くされていく。鍋の中身を掻き出して握った最後の一つを置こうとした時、突然目の前に伸びて来た手が握った米を差し出した。困惑に目を瞬かせていると、ベレスが告げる。
「頑張った人へのご褒美」
 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなくて、思わず笑みが零れる。どこか擽ったくて、面映くて、ほんのりと胸が温かくなるような気持ちだ。
「ははっ、ありがとうございます先生。じゃあ、これは先生の分ですね」
 互いに握ったものを交換し合う状況はおかしなものであったが、決して不快なものではない。ぴんと尖った先端を頬張りながら、ベレスは薄く微笑む。
「君がいたから、皆前を向いて進むことができたんだ。ありがとう、アッシュ」
 心の準備もできないまま告げられた感謝の言葉に、頬がじわじわと熱を帯びていく。照れ臭い気持ちのまま頬張った米を噛み締めて、温かいな、と思った。