勿忘草をきみに

FE風花雪月ディミレス

※過去捏造
しなくてもいい補足
避暑のために別荘へ来たけれど相変わらず元気のない継母上に笑って欲しくてお花摘んで渡したが、継母上が愁眉を開くことはなく子供ながらに無力感を味わい胸に残る傷というか苦い思い出になっている


 騎士団長の部屋で見付けたのはまっさらな兵法書だった。今後生徒を率いていくにあたって有用な知識が得られるかもしれないとページを捲る。特に得るものがないまま厚い本の半ばまで至ってしまったが、ひとまず目を通そうと読み進めて、紙とインクの世界に突如として飛び込んできた色彩に目を奪われた。
 それは、花だった。過ぎた月日の分だけすっかりと色褪せてしまっているが、青い小さな花である。すると、水を得た花が咲き匂うようにベレスの脳裏に鮮やかな記憶が蘇り、懐古の海へと浚っていった。
 滞在先の村へと到着し、食料調達として森に繰り出していた時のことである。幼いながらも既に単独での行動を任せられていたベレスは、木々の陰で動く気配を探る。狩りは戦場で動くための感覚を養うのに適しており、ジェラルトが依頼主との折衝をこなす間にベレスが食料や物資を用立てするのが常となっていた。
 ぱきり、と枝を踏み折る音を聞いた。音の重みから、兎といった小型動物ではなさそうだ。しかし、猪や鹿にしては音がおかしく、熊にしては軽い。木の陰に身を隠しながら、慎重に様子を伺うと、そこにいたのは獣の類ではなく自分と同じくらいの年齢の子供であった。周囲を注意深く見回しながら歩く様子は迷ってしまったように見えるが、腰には剣を穿いている。狩りをしに来たにしては気配を隠す様子がないのが不自然だ。
 どうしたものかと考えあぐねていると、ベレスの耳はもう一つの音を拾い上げた。獣の足音だ。姿を現した狼に体を強張らせる子供を見て、ベレスは咄嗟に身を躍らせる。疾駆してくる姿目掛けて、手にした剣を叩き付けた。掠れた鳴き声を上げながら転がった狼は、戦意を削がれて木々の隙間へと姿を消しす。狼の肉は臭みが強いため、殺すことにならなくてよかったと安堵した。
 出てしまったものは仕方ないと振り返ると、こちらを見つめる円い瞳。助けてくれたのかという問いに、ベレスは窮した。ベレスとしては助けようという意識をもって動いた訳ではない。結果的にそうなると告げると子供は首を傾げた。
「ここで何をしていた?」
「……継母上にあげる花を摘みに」
 少しの逡巡を経て、ぽつりとその一言が返される。成程、花を摘みに行った結果迷ってしまって今に至るということらしい。どこから来たのか問うてみたが、気まずそうに口を噤むだけで返事はなかった。どうやら何か事情があるようだ。
 じゃあ行こうかと告げると、どこに? と戸惑いを含んだ声が聞く。花を摘みたいのではないのかと問うと、子供はおずおずと頷いた。花が生えているとすれば、木陰がまばらな場所だろう。そう考え歩き出すと、後ろを付いてくる足音。漏れる気配は鋭く、警戒を隠そうともしない。
「信用できないなら斬りかかってきてもいいけど、その時は全力でやり返すよ」
 むざむざやられるつもりはないと言外に告げると、緊張に空気が更に張り詰めていく。言葉なく木々の間を抜け、淡々と歩みを進める。道中仕掛けておいた罠にかかっている鹿を見付け、その頸に刃を突き立てた。縄を手早く絡めて吊り上げ、血抜きを行う。勢い良く噴き出す赤い血液と共に事切れるのを見届けて、ベレスは麻袋に鹿を放り込んだ。振り返ると、子供はやや青い顔をしていた。
 再び歩き、目的地である平原部分へ到着すると、予想通り陽の下に花がまばらに咲いていた。近くに川があるのを見付け、先程狩った鹿を沈めて汚れを洗う。背後から刺すような視線を感じて、花は摘まないのかと促すと、歯切れの悪い返事と共に子供は母親に渡す花を摘みに向かった。
「おれは、きみが少し怖い」
 各々の用事を終えて再び歩く最中、彼はぽつりと口にした。それはベレスにとって聞き慣れた言葉だ。得体の知れなさが怖いらしい。そう、とベレスは呟く。拠点となる村に帰還すると、その場にそぐわぬ騎士の姿が目に入った。
「で──坊ちゃま!」
 その声と共に騎士が慌てて駆け寄って来る。どうやら彼の家の者らしい。探したのだという諫言に、少年は経緯を伝えて頭を下げた。ベレスに感謝を告げると、騎士は少年に帰還を促す。馬の下へ向かおうとして、その足が止まり、振り返る。
「きみは、少し怖いけれど……悪い人ではないと思う。えっと、これを」
 ありがとうの言葉と共に、手にある花を分けて渡される。瑞々しく、青い小さな花弁が可憐な花だった。少年が去るのを見届けて、ジェラルトが姿を現す。
「俺はガキを拾って来いとは言ってなかったんだがな……まあ、俺達が関わることのない人種だ。しかし花か……花瓶なんてねぇからな、こいつにでも挟んどけ」
 手渡された本に花を挟み、母に花を渡す少年の姿にベレスは思いを馳せた。
『突然、申し訳ありません!』
 ──それは、交わるはずのなかった運命の話。