FE風花雪月ディミレス

※ほんのり残酷描写


「調べ物?」
 図書室の扉を開き、現れたのは手提灯を手にしたベレスであった。すっかりと日の落ちた修道院に人の姿はなく静まり返っている。彼女がここを訪ったのも夜間の見回りなのだろう。もうそんな時間かと没頭していた自分に気付く。
「ああ、武具について少し」
 実際は別の目的であったのだが、それをベレスに話す必要はあるまい。帝国貴族の記録を探っていたはずが、うっかりと別の本に惹かれてしまった。自分にはやるべきことがあるというのに、一体何をしているのかと叱咤する。
 ベレスは側に寄るとじっと手元を覗き込む。彼女とは時折武具の話をすることがあるので、恐らく興味があるのだろう。近付いた距離がどうも、落ち着かない。
「随分と禍々しい形だね、これ」
「ああ、魔のものによって作られた槍らしい。手にした者は悪鬼となり、女神に見放されるのだそうだ」
 図鑑に並ぶ図解の中から、槍に埋め込まれた大きな魔眼がじっとこちらを見つめている。『見ているぞ』そう言われたような気がした。



 手にした獲物を一閃すれば、呆気なく首が吹き飛んだ。
 ゆっくりと歩を進めると、聞くに堪えない甲高い悲鳴が上がる。続くのはひどく惨めな命乞いの言葉。滑稽なことだと思った。
「お前達は何度、その言葉を聞いてきた? そして何度無視した? なぁ……」
 ぐり、と槍の穂先を手の甲に捩じ込む。一層大きくなった汚い悲鳴が耳をつんざく。ああ、鬱陶しい。穢らわしい。苛立ちのままに腿を踏みつけると、鈍い音がして微かに立ち上る刺激臭。
「殺してくれ……殺してくれ……」
 涎を垂らし、洟を啜り、股座を濡らしながら大の男がみっともなく泣いていた。何を言っているんだ、と思った。心の底から軽蔑と怒りが湧き上がる。
「俺がそれを聞くとでも?」
 死んで楽になどさせるものか。死が楽なものであってたまるものか。彼らがどれだけ苦しかったかを知れ、その無念を味わえ。そうして須く耐え難い苦しみの中で息絶えろ。お前達が与えたものを、奪ったものを思い知れ。
 指先から少しずつ切り離していくうちに、力を込めすぎた槍の柄が真っ二つに折れてしまった。舌打ちと共に男を見下ろすと既に事切れている。
 瞬間、胸の内がすっと冷えていく。人を殺す度に感じるそれは、達成感や興味の欠落というよりも、荒屋に吹き込む隙間風のようなものだった。
 それは虚しさだ。こんなところで将兵一人殺そうが、あの女の首には手も届かない。こんなところで何も成さず死に損なっている自分が何よりも腹立たしい。
 早く進まねば。立ち塞がるものは全て殺せ。あの女に連なるものは生きて残すな。そうして、あの細い首を断ち斬るために、自分は生きている。亡霊の群れへと加わりたい衝動を、必死に堪えている。
 倉庫を探り、壊れてしまった武器の代わりを探すが、どれも使い捨てにしかならないがらくたばかりだ。ひとまず適当に持ち出して、対峙した相手のものを奪い取るかと考えていたその時、いやに厳重に保管されている箱が目に入った。帝国への献上品だろうか。錠を壊して箱を開き、中を覗き込む。
 ──眼があった。
 どくり、鼓動する心臓の音を聞いた。この眼には覚えがある。かつて修道院の書庫で見た、呪われた武具。
 それを手にした者は悪鬼となり、女神に見放されるのだそうだ。自然、笑みが溢れた。そして、『この手にこそ握られるに相応しい』と思ったのだ。
 手に取ると、恐ろしいまでに手に馴染む。あの日書物で見たその瞬間から、こうなることは決まっていたのではないかと思うほど。
 女神に見放されようが知ったものか。この身は既に醜怪な獣に堕ち、女神が俺を救ってくれたことなどありはしなかったではないか。



 その槍を手にしてから、幾つもの屍の山を築き上げた。一度振るえば返ってくるのは確かな手応え。敵地へ単身乗り込む機会が増えるごとに怪我も増え、それはこの血を槍が啜っているかのようであった。
 この命などくれてやる。あの女の首を落とせるのならば。命を燃やし、帝国領へ向けてガルグ=マクへと足を踏み入れたその時、驚くほど呆気なく槍が砕けた。
 お前も、俺を見捨てるのか。魔のものですらも離れていくのか。奪った槍で敵を殺し、暗がりに身を預ける。近付いてくる足音があるが、どうだっていい。
 ──眼があった。顔を上げた先にあったのは、透き通った真っ直ぐな瞳。
 見るな。その美しい眼に、俺を映すな。異形はゆっくりと目を逸らした。