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季節は緩やかに移ろっていく。温暖であった気候は日が進むごとに少しずつ湿度を帯び、むっと纏わりつくかのような熱気を伴いつつあった。もうすぐやってくる雨季と、西方貴族の鎮圧に備えて、修道院は忙しそうにしている。
「先生も女の子なんですから、こういうことは楽しまないと!」
それはそれとして、慌ただしくしているのは大修道院に住まう女生徒達も同様である。その言葉と共に連れ出されたベレスは、女生徒に混じって花を摘んでいた。降り頻る雨で花弁が散ってしまう前に、それらを全て摘み取るのだそうだ。
籠いっぱいに詰めた花を持ち帰り、まだ茎が瑞々しいうちに選り分ける。談話室へ使わなくなった大机を運び入れ、大勢で囲っていると、未知の経験に心が高揚していくのを感じる。思えば、男世帯で生きてきたベレスにとって、こうして歳の近い少女達に混じって何かをするのは初めてのことであった。
「ここをこう曲げて、ここに通すんです」
ほっそりとした白い指が緑色の茎を指し示す。指示されるがままに茎を曲げ、網目のように組み合わせればしっかりと絡まり形を成していく。それは実に不思議な感覚であったが、周囲の女生徒達は皆慣れた手つきで花を編み上げていた。
最初は恐々と、指示されるがまま訳も分からず編んでいた花であるが、その理屈が分かるようになってきてからは自分で編むことができるようになっていた。少しずつ、何もなかったところに形あるものが生まれていくことが楽しくて、気付けばベレスは花を編むことに没頭していた。
しっかりとした茎で基礎を編み、柔らかな茎で補強し、時折飾りの花を差し入れる。その色彩は作り手によって変わり、同じ花を使っていても同じ姿は一つとしてない。手分けして籠いっぱいに摘んできたはずの花はあっという間に姿を消してしまい、あれだけ沢山あったのにと驚いてしまったが、自身が使った花の量を考えると然もありなんと思わされる。編み目の数は、想いの数だ。
完成したそれを、ベレスはまじまじと眺める。初めてにしてはよくできているのではないだろうか。編み上げたものはやや小振りな花冠である。そして、それはこの節の名の由来でもある。かつて花冠を編んで贈っていた娘達の習慣が、今もこうして残り名を刻んでいるのだ。花冠を編みませんかと誘われた時は一体何があるのだろうと思ったが、こうした素朴ながらも特別な行事は胸を温かくさせるものなのだと実感させられる。その楽しみを知っているからこそ、今も昔も娘達はこうして集い花冠を編むのだろうか。
「先生はジェラルトさんに贈られるんですか?」
手にした花冠について問いかけられ、ベレスは答えに窮した。編んでいた時は考えていなかったのだが、その花冠には贈り先がいる。父に贈ろうかと考えた時、ふと一人の人物が思い浮かんだ。頭の中でひょっこりと顔を出したその考えは瞬く間に思考を占領していき、ベレスはそれ以外考えられなくなる。
明確な理由などないし、特別な感情もない。ただ、漠然と『そうしたい』と思ったのである。胸を焦がす情熱に急かされるがまま、ベレスは花冠を手にして外へ出た。あちらこちらを探し、ようやく見つけた姿に声をかける。
「ディミトリ」
晴れ渡る空のような双眸がベレスを捉える。険しさを帯びていた容貌がほんの少し綻び、清々しい声音がどうした? と問いかけた。渡したい物があって、と要件を告げると彼は不思議そうに首を傾げた。
「少し屈んでくれないかな」
「……こうか?」
突然の要望に対し、戸惑った様子を見せつつもディミトリは膝を屈めてベレスとの距離を縮める。輝かんばかりの金髪が眩く揺れた。その頂に、ベレスはそっと自身が編んだ冠を乗せる。王家の名に恥じぬ高貴な風格を漂わせる彼にはやや不恰好であるのかもしれないが、ただ、ベレスはそうしたいと願ったのだ。
「今はこれしかないけれど、君はいつか本物の冠を戴いて、素敵な王になる」
不在の玉座、未だ空位のそこに座すには幼すぎるのだと、自身の立場と儘ならない自国の状況に歯痒さを滲ませていた彼へ、何かしてあげたいと思ったのだ。
色とりどりの花を散りばめた簡素な冠をその頭上に戴いたディミトリは、暫し面食らった様子であったが、やがてその相好をふっと崩した。
「……ありがとう、先生」
少し照れ臭そうにはにかむその表情が、とても可愛らしく見えた。胸がじんわりと熱くなり、何故か目が離せなくなる。もっとその表情を見ていたいとすら感じる。彼が王となり、憂いなく笑える日が来ればいい、そう願った。
その情動が何であるかを理解し、うら若き乙女が花冠を渡すことの意味を知ること、そして、その頭上に再び冠を授けるのは、まだ先の話である。