Eat me,Treat me.

FGOベディぐだR18

 昔、頂き物の桃の存在をうっかり忘れてしまったことがあった。幸い痛んでしまう前に思い出すことができたのだが、包みを開けた時に立ち上った甘い香りと、舌の上で溶けるように解れていった果肉に、果実は腐りかけが一番美味しいとは本当なのだなと咀嚼しながら思ったものだ。
 その果実は爛熟していた。
 藤丸立香は今、とある悩みを抱えていた。内容が内容だけに他者へ相談するのは憚られ、相手にそれを話すのは更に気が引けた。まさかまさか言える訳がない。セックスがしたい、などと。恥ずかし過ぎて死んでしまう。名誉のために言っておくと、立香は決して色狂いではない。比較対象がないので断言できないのだが、そうなってもおかしくない空気でそうならないことが立香の悩みの種だった。
 元々情交の気配が漂う機会は多くないが、そこに重きを置いている訳ではないので特段気にはしていなかった。しかし、明らかにそうなってもおかしくない場面でそうならない、そんな状態が続いていると、流石に気にはなってくるものだ。
「ふ……っ」
 熱い息を吐き出しながら互いの口内を貪っていると、頭がじんと痺れてぼんやりしていく。火が灯ったように体が熱をもっていき、目を開けると、長い睫の向こうにある優しい瞳がそこにあって、背筋をぞくぞくとしたものが駆け抜けていく。
 甘い予感に震える。離れていく唇を名残惜しく思いながら、深く息を吐き出した。熱い血潮が肌の下を巡っているのが分かる。胸がどくりと大きく鼓動した。
「では、明日も早いのでこの辺で」
 そこでまさかの言葉を吐かれるのが常のことであった。まるで何事もなかったかのように、恋人は柔和な笑みを浮かべながらそう言うのだ。立香にはそれが信じられなかった。
 耐えかねて、ベディヴィエールの手を握ってねだったことがあった。直接的な誘い方はできなかったが、それでもその意図は汲んでもらえたらしい。
 火照った肌を硬い手が這っていき、内腿を割ってしっとりと潤ったそこに触れた時、待ち望んでいたものの到来に下腹が切なさを訴えた。内部に埋められた指が、立香の弱い部分を的確に、執拗に攻めてくる。逃れられない快楽が幾重も波紋のように広がっていき、熱を孕んだ荒い息が零れる。
「あっ、あ、あぁっ……!」
 高みに追い立てられ、思考すらままならなくなる。抑えることのできない嬌声を漏らしながら、立香はベディヴィエールの指に導かれるままにそこから飛んだ。浮遊感にも似た感覚と、甘い余韻に陶然とする。
「浴室の準備をしておきますので、体が冷えないうちにお使いください」
 整わぬ呼吸を繰り返していた最中、立香はその一言に体が硬直するのが分かった。この後は当然そういう流れになるのだろうとばかり思っていたので、予想外の展開に混乱する。
「し、しないの……?」
 乱れる思考のまま、明け透けに聞いてしまうと、ベディヴィエールはにこりと微笑んで、やはり信じられない一言を紡いだ。
「ええ、しません」
 宣言通り、ベディヴィエールはさっさと浴室に向かっていってしまった。取り残された立香はただ茫然とその背を見送る。思考は未だ混濁していた。
(嘘でしょ──!?)
 体は未だ熾火のように燻る熱を持て余している。これは一体何の拷問なのだろうかと、絶望にも似た気持ちに打ちひしがれた。一人のシーツは、ひどく冷たい。
 そんなことが続くと、自然と思考は自分に何か至らない部分があるのではないかと思ってしまう。恋人はとても優しい人なので、気遣って何も言わないのかもしれない。彼にそんなことをさせてしまっている要因とは一体何なのだろう。考えてみるも答えは出ない。情を交わしたのはベディヴィエールが最初の相手なのだ。未知の経験過ぎて、どうすればいいのかが分からなかった。彼に触れてもらいたいという欲よりも、嫌われたくないという気持ちがあった。
 直せる部分があるのなら直したいし、求めるものがあるのなら応えたい。それが一体何なのかは分からないが、やんわりと拒まれているという気はする。
「あのね、ベディ」
 立香は強い決意をもって恋人の名を呼んだ。はい、と応じたその唇に、噛み付くようなキスをする。唇を割ってそっと舌を差し入れ、記憶の中の行為を反芻しながら、その動きをなぞって舌を動かした。口蓋を擽っていた舌は、ベディヴィエールのそれによって絡め取られる。粘る唾液が混ざる音と共に、舌はこちらの口内へと侵食してくる。酸欠か、興奮か、その両方か。頭がぼんやりとして力が抜けていく。
 離れていく唇を未練がましく繋ぎ止めるかのように、唾液が糸を引いていた。飲み込み切れなかったそれが口の端から一筋伝っていく。熱に浮かされるがまま、立香はベディヴィエールへ縋るように抱き付いた。
「満足させられなくてごめんね。私、頑張るから──」
 言い募ろうとした言葉は、熱い口付けによって奪い取られてしまった。激しく蠢く舌が、口腔を蹂躙する。息が、できない。酸素を求めて喘ぐも、それすら許さないとばかりに塞がれてしまう。突然の出来事にどうすればいいのか分からず翻弄されていた。
「貴女の体はそのどこもが甘いのです。一度触れてしまえば、際限ないほど深く求めてしまいそうになる」
 キスの合間を縫うように、甘い声音が注がれる。たったそれだけで、この体は理由もなく発火する。燻り続けていた熾火が勢い良く燃え上がる。強く焦がれる。
「リツカは何か勘違いをされているのかもしれませんが、私は既にどうしようもないほど貴女に溺れているんですよ」
 優しく体を横たえる手に抗うことなくベッドに沈む。冷たいシーツの海が、火照った肌をひんやりと包み込んでいた。期待と一抹の不安に、心臓は早鐘を打ち続けている。大きな手が体を這っていく感触に、彼が男性なのだと実感させられて、全身が甘く戦慄いた。
 熟した果肉を覆う薄皮を剥くように、丁寧に乱されていく着衣。衣擦れの音と、自身の胸の鼓動だけがいやに大きく聞こえていた。緊張に目を回してしまいそうだ。開かれた襟元から、鎖骨の間を通って指が下りてくる。肌に触れるその感触だけで、興奮に肌が粟立ち、我知らず鼻にかかったような声が漏れる。ふふ、とベディヴィエールが笑う気配がした。まじまじと反応を観察されているようで、羞恥に顔が火照る。
 鼻先が触れ合う距離で、互いの息遣いと体温だけを感じていた。唇を何度となく触れ合わせながら、体のそこかしこを愛撫する手に溺れる。触れられた部分が燃えるように熱くなり、体が形をなくしてしまうような気がした。しとどに濡れた下肢に触れる熱い塊の存在を感じて、喉が鳴る。──欲しい。
「はぁ……っ!」
 ぐずぐずに溶けた胎内に押し入るその熱に、頭のてっぺんから足の爪先まで一気に満たされる。征服される。かぶりを振りながら立香はあっという間に達した。
「そんな目をして……あまり食い締めないでください」
 ベディヴィエールが苦しげに息を詰める。自分は一体どんな目をしているのだろう。分からない。もう何も考えることができなかった。
「っ、あぁ! むり、だめ、あっ、あぁっ!」
 久々に与えられた待ち望んでいたものに、頭が溶ける。勝手知ったる様子で悦楽の戸を何度も叩かれて、その度に齎される得も言われぬ官能に耽溺した。
「今日の貴女はよく乱れる」
「だって……久々で……っ」
 自分の腰がねだるように、より深く繋がろうとするように動いているのを立香は知っていた。知っていたが、止めることができない。ベディヴィエールから与えられるものを何一つ逃すまいと、貪欲に貪ろうとしていた。自分の中の獣が咆哮している。恥じらいさえ吹き飛ぶほどの欲望だった。あらゆる感情が綯い交ぜになって、ただひたすらにベディヴィエールを求めている。
「あまり頻繁にし過ぎて飽きられたくなかったのですが……少し、おあずけし過ぎてしまったみたいですね」
 薄く微笑むその目の奥は、深い情愛に満ちている。彼を失望させていたのでは、何か不満を抱かせる部分があったのではと心乱れていたのだが、思いの外自分は愛されていたらしい。思い返せば、彼との行為はそのどれもが鮮烈に刻まれていた。
 飽きるだなんてとんでもないが、こんな我を忘れてしまうような交わりが頻繁に行われてしまえば、自分がおかしくなってしまいそうな気がして少し怖くもある。垣間見た恋人の可愛らしい本心に微笑みながら、立香はありったけの愛情を込めてその背に腕を回した。