それは同衾をねだるかのような

FE風花雪月その他

「もう大丈夫だと言っているでしょう、師」
 起き上がろうとする小さな体を、ベレトの手がやんわりと制する。それは聞けないという無言の圧力であった。寝台の上に押し留められてしまったエーデルガルトは小さく息を吐くとそれに従う。何故こんなことになっているかといえば、ずっと政務に軍の指揮にと多忙を極め続けていた彼女がついに倒れてしまったかである。
 ベレトと二人、今後の方針を練っていた時のことであったため、その姿を見た者は他にはいない。彼女が倒れたことを知っているのも、腹心のヒューベルトのみであった。
「はあ……こんな姿、貴方にも見せるつもりなんてなかったのに」
 エーデルガルト運ぶ際、ベレトは誰にも見られぬよう細心の注意を払っていた。彼女がそれをとても嫌がることを知っていたからである。それはきっと、彼女がこれまで置かれてきた境遇に起因しているのだろう。
 この時間が惜しいとばかりにエーデルガルトは窓の外を見遣る。赤く燃える夕陽を地平線がゆっくりと喰らい、飲み込んでいく様子を目に焼き付けている。差し込む茜色の光が、いつもより熱を浴びた彼女の柔らかな額を撫でていた。夜の気配が濃くなる前に、ベレトは部屋の燭台に火を灯す。宵闇は炎の煌々たる輝きにより、居場所をなくして部屋の隅へと追いやられていった。
「ねえ、師」
 黒く塗り潰された窓を見つめながら、エーデルガルトがベレトを呼んだ。その声は朗々としており、一点の揺らぎもない。だが、そこにベレトは確かなか弱さを感じ取る。誰も理解することのできない彼女の孤独がそこにある。それは、彼女の隣に立ち、同じ目線で物を見る彼だけが知ることのできるものであった。
 彼女の瞳を見つめる。映り込んだ夜闇は、吸い込まれそうな色をしていた。それは、きっとその内に隠した様々な思惟の色だ。確かな意思を宿したその目が、ゆらり、揺れる。
「私は、自分の選択が決して間違いではないと、これが最善であると信じている。だからこそこうして起った」
 窓を眺めていたその顔が、真っ直ぐにベレトを向く。そこにいたのは、アドラステア皇帝ではなく、師を仰ぐ生徒であった。エーデルガルト=フォン=フレスベルグという名の高潔な女性。鼠が苦手で、こっそりと似顔絵を描き、見つかったそれを恥じらうような、ごくありふれた一人の人間。
「……でも、時々怖くなるの。私の行いを、そうして産み落とした犠牲を、考えてしまう」
 彼女の瞳の奥で、夜の湖が揺れている。どこまでも深く、底の見えない思いが揺れている。水面は瞼の裏に沈みゆく。一瞬のうちに、それは決意を宿した皇帝のものへと変わっていた。
 その中からほんの少し姿を現した、フレスベルグの少女が問う。
「もう少しだけ……ここに居てくれるかしら、師」
 音のない夜を眠る術が見つからなくて、枕を片手にした幼子が遠慮がちに戸を叩く。いたいけな瞳が姿を現し、おずおずと様子を伺っていた。
 扉を開け放ち、いじらしい少女をベレトは部屋の中へ招き入れる。そうして、ゆっくりと眠れるまで長い長い夜を共に過ごすのだ。
「エーデルガルトが望むなら、いつまでも」
 夜の寒さに震えていた少女は、もういない。