薬指に呪縛

FE風花雪月ディミレス

 リィンと高らかに鐘が鳴る。娘達がせっせと摘み取った、色とりどりの花達が宙を舞う。降り注ぐ美しい花弁達に、極彩色の雨だと思った。
「わあ! 結婚式だ!」
 課題の目的地へと向かう道すがら、訪れた村は慶事の最中のようである。好奇心と羨望に目を輝かせながら、少し見て行ってもいいかと生徒が問う。到着にはまだ余裕があるため、ベレスは鷹揚に頷いた。
 純白の衣装を纏って中心に佇む二人は本日の主役なのだろう。顔を見合わせ、とても穏やかに笑っている。その手にある輝きを見つめながら、女子生徒は陶然としながら感嘆の息を吐いた。いいなあ、綺麗だなあと呟きながらも、各々思うところがあるのか少し寂しげな目をしている。
 彼女達は家柄故に、定められた未来を辿ろうとしている。結婚ですらも自分の意思で選ぶことのできない彼女達にとって、この光景は殊更眩しく映るのだろう。彼女達の結婚が、どうか幸せなものでありますようにとベレスは密やかに祈る。
 大切な人ができたら贈るようにと言われた、母の形見を思い出す。いつか、自分がそれを贈る日が来るのだろうか。まだ見ぬ未来にベレスは一人想いを馳せた。



 手の中にある、その輝きを見つめる。
 これから赴くのは、恐らく最後の戦いになるのだろう。数々の因縁に決着を付け、長きに亘った戦争に終止符を打つための戦いだ。そうして考える。この戦いが終わった後、自分はどうするのかを。
 きっと、これから彼はこれまで以上に忙しくなる。自国ではなく他国であった領をも纏め上げ、統治していくことになるのだから。そんな彼の力になりたいと思う。傍で見つめて、支えたいと思う。
 だが、それにこの指輪は必要ない。
 協力を申し出れば、きっと彼はそれを拒まないだろう。互いに支え合い、より良き国を目指すことができる。そうできるという確信がある。
 互いにとって、その存在がかけがえのないものであると知っている。強い絆を感じる。これ以上の関係など、あろうはずがない。
 だというのに、この心は欲している。それだけでは満足できず、貪欲に求めている。傍にいるだけではもう駄目なのだ。その気持ちに気付いてしまった時、ああもう逃げられないのだと悟った。認めるより他ないのだと。
 泣き出したくなるような切ない気持ちが胸を掻く。頬がじわりと熱くなり、その熱が全身へと広がっていくのを感じる。
 ああ、私は。抱いてしまったその願いの罪深さを懺悔するように、ベレスは静かに瞑目する。眼裏に浮かぶのは、恋しくて愛おしいその人の姿。
 私は、この人に指輪を贈りたい。
 愛していると伝えたい。この人に触れられる明確な理由が欲しい。そうして、指先からその身丸ごと、私のものなのだと独占してしまいたい。輝かしい彼の、その未来が欲しいのだ。
 抱いた感情はとてもどろどろしていて、綺麗ではない。私ではないと否定してしまいたい。それでもこの気持ちは間違いなく私の一部で、私の欲望に他ならない。この上なく傲慢で、願いと呼ぶにはあまりにも自分本意で。それでも、決して捨てることができない恣意なのだ。
「結婚しよう」
 指輪を渡し、告げる。そうして希うのだ。
 ──貴方の全てが欲しい。私の全てをあげるから。
 それは、ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドに贈る、私の全てを懸けた、たった一つの呪いである。