蝶よ花よと彷徨いて

FE風花雪月その他

 きらきらと、星屑を散らしたような美しい瞳。それを縁取る長く濃い睫。陶器のように滑らかで瑞々しい肌の上に行儀良く乗っているのはすっと通った鼻筋と、赤い紅を塗られた柔らかな唇。赤みを帯びた長い髪は、つやつやと光を照り返す。華奢で可憐でありながら、ぞっとするような艶かしさを持ったその人は、白い頬に睫の影を落としながらまるで歌うように告げた。
「私、寄生虫なんです」
 誰もが振り向く貌を持った絶世の美女は、歌姫と呼ばれたその玲瓏たる声音で自らを虫と称する。ふっくらとした唇に弧を描きながらも、彼女を取り巻く空気は実に孤独で。生徒として過ごしていた時分から、彼女は時折『先生にだけ』と言ってその寂しげな心の内をほんの少しだけ見せてくれることがあった。
「昔、男に取り入ることでしか生きられない寄生虫だって言われたことがあって。ああ、その通りだなーって思ったんです」
 五年の歳月を経て再会した彼女は、どこか甘い幼さを残した少女から、妖艶な色香を纏った女性へと成長していた。そして、そこにはいつも、いつか消えてしまいそうだと思わせるような危うい儚さを孕んでいる。
「その生き方が間違いだったとは一度も思っていません。私は何も持っていないから、『私という歌姫』を対価に『不自由なく生きられる環境』得られるよう取引しているだけなんです。綺麗なお人形としてお部屋に置いてもらうだけ」
 人形は美しいからこそ価値がある。だからこそ、全身をくまなく磨き、相手に合わせて求める姿に形を変えた。様々な書物を読み漁り知識を蓄え、何一つ興味のない話にも笑って頷いてみせた。
 愛されるためにあらゆる努力を重ねた彼女は、自分の価値に対して絶対の自信がある。数多の視線が彼女を品定めするが、それ以上に厳しい目が己を見る者を値踏みしていた。果たして、自分を置くに相応しい者であるかと。
 ただ、自分が持つ価値を正しく理解はしていても、自分自身に価値を見出すことはできず、誰の腕に胸に身を預けようとも彼女はどこまでも孤独であった。
「エーデルちゃんが戦いを始めて、最初は皆訳も分からずついて来ただけだった。私も、先生が居たからそうしただけ」
 腹心以外の誰にも告げず、皇帝たる少女は世界中を敵に回す覚悟で起った。誰の理解も求めぬ彼女は孤高の人ではあるが、そこには強靭な意思がある。
「いつの間にか、皆進むべき道を見つけていた。抱いた理想や、描いた未来に向かって進んでいて。私だけが……何もないんです」
 力なく述懐する女は、寂しげな目で虚ろな空を見る。寒天の下に放り出され一人途方に暮れるかのように、彼女から感じるのは色濃い諦念だった。
「平和のため──だなんて言っているけれど、嘘。本当は戦いなんて行きたくない。でも、戦わなきゃここに居られないから、そうしてるだけ」
 軽蔑しますか? と彼女は笑う。華やかさなどどこにもない、ただただ胸を掻くような哀愁だけを乗せた笑みであった。
 今にも折れてしまいそうな心を、彼女は必死に奮わせそこに立っている。自分自身が気付かぬうちに抱いていた願いのために、彼女は望まぬ殺しを続けて前に進んでいる。ああ、それは。何と寂しくもいじらしいことであろうか。
「ドロテア」
 名前を呼ぶ。そうして『君は一人ではない』ということを伝えるのだ。星屑の瞳がじっとこちらを見ていた。これから告げられる言葉の真意を探ろうとしている。それは彼女が生きていくうちに得た処世術であった。
 生温い同情などでは届かない。そもそも同情する気など微塵もない。彼女は決して哀れな存在などではないのだから。
「君は、ここを居場所と認めてくれるのか」
 戦うことを厭うのであれば、戦地から逃げ出せば良いだけの話だ。望まぬ戦いに身を投じてまで帝国軍として残る理由はただ一つ、ドロテア自身がそこを自らの居場所であると認めているからに他ならない。知らずのうちに定めたその居場所を失わないように守ろうとしているのだ。
 予想外の内容であったのか、彼女はその美しい顔を無防備に緩め、呆けた様子でこちらを見ていた。暫くして、今度は口元を押さえてくすくすと笑い始める。
「ふふ、ふふふ……! 先生は、本当に変わった人ですねぇ」
 至極真面目に告げた内容に対して、奇人のような扱いを受けるのは納得がいかないものの、彼女がとても楽しそうに見えたのでまあ良しとする。
 花の貌にほんのりとした寂しさを滲ませながら、幼子が同衾をねだるかのようになよやかな声が問いかけた。きらり、見上げる星芒が微かに瞬く。
「……ねえ、先生。もう少しだけ、ここに居ても良いですか?」