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肌寒さに目が覚め、瞼を上げると、窓の外に広がる空に目を奪われた。
夜と朝が混ざり溶け合ったその色は、この世のものとは思えないほどに美しい。この感動を伝えたくて、隣にある気配を無意識に探る。だが、その手は何にも触れることなく空を切った。瞬間、はっとする。隣に彼はいないのだと。
星辰の節ともなると、フェルディアほどではないがガルグ=マクもひどく冷える。空っぽの冷たい敷布の上を這っていった手を、ベレスは静かに引っ込めた。
──ああ、いらぬことを思い出してしまった。
ベレスは後悔する。フェルディアはガルグ=マクよりも随分と冷え込むが、ベレスが眠るその隣には必ず彼女を包み込んでくれる温もりがある。だからこそ、寒風吹き荒ぶ季節でも寒くはなかった。
外からは物資を運んできた商人や、出立する騎士団達が織り成す馬蹄と荷車の音が微かに響いている。その中に、恋しい姿がないことをベレスは知っていた。だからこそ、胸の中に去来する感情も大きくなっていく。
それは口にしてはいけないものであると理解していた。しかし、彼のいない朝を一体どうやり過ごせばよいのだろう。冷たい手を握り締め、その名を呼んだ。
か細い声は、虚しく宙へと消えていく。返事など、あるはずもない。分かっていたはずのその事実は、ベレスの心を空ろに満たし、打ちのめした。
空虚だ。ひどく、空虚だ。
ベレスは視界を覆うように掛布を引き上げ、もぞりとその中へと潜り込んだ。誰も聞く者がいないのであれば、その思いを発露しても許されるだろうかと考える。しかし、口にしようとした途端、開かれた唇は何の音も発することなく閉じられた。一度口にしてしまえば、きっともう抑えることはできないと感じたからである。敷布の海を漂いつつ目を閉じる。寝台の中、ベレスはただ一人であった。
目を閉じて、眠ろうとするも波立った心では落ち着くことすら儘ならない。結局まんじりともせず時間が過ぎていくばかりで、耐えかねたベレスは身を起こした。
寝衣を脱ぎ、もうすっかりと馴染みつつある大司教の礼服に袖を通す。そうして、この服を着ることに慣れるほどに、先の戦争から時が経ったのだと思い知る。
釦を止めようとして、大きく張り出した自身の胸元がふと目に付いた。昔から、この場所は動かず音を発さない。自身を抱く男の、確かな鼓動を思い出す。
──彼が隣にいない生活は、未だ慣れることができずにいる。
大司教として教団の近況を伝える書状をしたためながら、ベレスは息を吐いた。今後の方針を練ることは重要だ。しかし、どうしても内容が次の会談はいつにするかといった方向に逸ってしまう。一体何のために居を分けたというのか。
全ては今朝の出来事が原因なのだろうとは察しが付く。だがそれを認める訳にはいかないのだ。手を止め、ベレスは席を立つ。このままでは碌な文が書けない。
大司教の部屋の近くに設けられた露台は、レアが気に入っていたのだという。その理由が、少し分かる気がする。階下の様子を眺めていると、行き交う人々の姿がよく見え、和やかなざわめきが伝わってくる。平穏に過ぎ行く日々を、目で、耳で感じられる。そして、来訪する者の姿をいち早く知ることができるのだ。
数人の供を伴い、姿を現した国王は、大司教の姿を認めるとふっと相好を崩す。どうして、と考える前に、体は足早に動き出していた。
「王都西方を視察していてな。時間に余裕があったものだから来てみたんだ」
出迎えるベレスにディミトリが告げる。西方ということは街道を通ってきたのだろうか。忙しい身であるというのに無理をする。私室へ招き、茶の用意をするベレスに今日は話があって来たのだと、ディミトリはいやに神妙な口調で続けた。
「王都に来ないか」
手にした茶器を取り落としそうになる。すんでのところで堪えた。セテス殿には以前から相談していたんだがという言に、知らぬ所で動いていた物事を知る。
「王都に住めば会談の度に行き来する必要もないし、連携も密接に行える」
そこまで言って、彼は押し黙る。そうして、やや言い辛そうに口を開いた。
「それが理由の大半なんだが、正直に言うと──お前のいない朝が、寂しいんだ」
それは、決して零すまいと堪え続けた言葉であった。彼が同じ気持ちを抱いていたことに、胸が裂けてしまいそうなほどの思いが満ちていく。
この思いが何であるのか、喜びなのか、切なさなのか。綯交ぜになってしまって形容ができない。ただ、ベレスは永く抱え続けてきた自らの気持ちに、ようやく名前を与えることができた。『寂しい』と。ずっと、自分は寂しかったのだ。
茶器を置き、ずっと、ずっと恋しいと思い続けてきたその胸に、なりふり構わず飛び込む。ベレスの体をしっかりと受け止め、応じるように抱き締める腕と、そこに宿る温かな体温。頬を寄せた胸の奥には、力強く鼓動する心臓があるのだ。
──ああ、これだ。ベレスは熱い息を吐き出しながら、ゆっくりと頷いた。