獣性と母性

FE風花雪月ディミレス

 ベレスは慣れぬ衣装を纏っていた。大司教としての正装も中々に凝った装飾が施されたものであるが、今着ているそれは威厳を引き立たせるというよりも華やかに飾り立てるためのものである。
 ひらひらと幾重もの煌びやかな布が縫い付けられた滑らかな生地。それらはベレスの体にぴったりと吸い付くように誂えられており、そのしなやかな稜線をくっきりと際立たせていた。しかし、腰から下はまるで層を成すかのように布の海が存在を主張しており、鳥が羽を広げるかのようであると思う。
 仰々しく覆う布の群れには隙間が設けられており、それはベレスが足を踏み出すたびに揺れてちらちらとしなやかな脚を露わにする。
「忙しいところすまないな」
 どこか落ち着かないベレスに、ディミトリがこそりと告げる。彼もまた装飾に溢れた正装を纏っており、どこか息苦しそうにしている。
 ベレスは首を振った。ベレスとてこれは必要なことであると理解しているし、大変なのはディミトリも同じなのだ。これは国王の婚姻を祝うために設けられた宴席であり、主役たる二人はこれから数多の貴族を相手にするのだから。
 ベレスも今夜は大司教ではなく王妃として立っている。こういった催しはあまり得意ではないが、普段あまり見ることのない装いを見ることができるのは悪くないと隣に立つ男を眺める。
 歓談に勤しむ人々の中には学級の生徒達の姿もあり、彼らもまた華やかな衣装を纏っていた。人々の輪の中にすっかりと溶け込むシルヴァンをよそに、フェリクスは不機嫌を隠そうともしない様子で立っている。慣れない空気に困惑するイングリットをアネットが連れ回しており、変わらない空気に気持ちが和む。
 貴族男性がディミトリへ挨拶をし始めたのを皮切りに、次々と人が訪れ始める。おめでとうございます、是非我が領地にもお見え下さい、と同じような会話を繰り返しながらベレスはひたすらに相槌を打つ。貴族とは大変なものだと辟易していると、視界の端でどこか妙な動きをする男の姿があることに気付く。
 このような場で、足音や気配を殺す意図とは何であるか。目立ちたくないのであれば、壁に背を預けていればいい。だが、その人物はじっとこちらを窺い、うろうろと彷徨っている。行動が一致しないのだ。
 ゆらりと動き出した男は真っ直ぐに向かってくる。その手にあるものを見て、ベレスは身を踊らせた。
 厚い生地の隙間を割って、白い腿が現れる。それは目にも止まらぬ速さで風を切り、強烈な蹴りを以て男が持つ刃物を的確に叩き落とした。
「先生に勝てるとでも思ったのか」
 告げながら、ディミトリは手早く男を取り押さえる。宴席の場であれば武器を持てないため好機であると踏んだのかもしれないが、『武器がない時でも戦えるように』とジェラルトから仕込まれた格闘術はベレスの得意とするものであった。
「陛下!」
 夫婦を取り囲んでいた貴族達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行き、入れ替わるように衛兵と生徒達が駆け付けてくる。
 祖国を取り戻すのだと叫ぶ男を衛兵へと引き渡し、この状況をどうすべきか考える。このまま何事もなかったように宴を続けてもよいのかもしれないが、闖入者がいたとあっては来訪者も落ち着かないものだろう。それに、そもそものところ今回の宴席は王に取り入りたい貴族の思惑といった部分が強い。ならば、と二人視線を交わすと、ディミトリはこの騒ぎを理由として宴席の終了を宣言した。
「しっかし陛下、王妃を危険に晒しちゃ駄目じゃないですか」
 去っていく王国諸侯を見送り、ようやく落ち着いたところでシルヴァンが軽妙に声をかける。だが、ディミトリに動じた様子はない。
「先生ならば、あの程度どうにでもできる。間に合わなければ俺が出ればいい」
 そこまで言うと、ディミトリは顎に手をやり考え込む。
「しかし、修道院も含めて警備面は確かに課題ではあるな。騎士団にも通達しておこう。俺の知らないところで先生に何かがあったら──そいつには、死ぬより辛い責め苦を与えてやる」
 起こるかもしれない万一の事態を考えたその瞳が、暗く揺らぐ。その時だった。
 ぺたり、と柔らかな両手がその頬を覆った。言葉なく、ただ透き通った瞳が心を見透かすかの如く真っ直ぐに男を見上げ、覗き込んでいる。不安を宥めるかのように、ベレスは穏やかな微笑みを浮かべた。
「ああ……分かっている、先生」
 波立つ心は凪ぎ、ディミトリは青い瞳に優しい熱を滲ませる。その鮮やかな手腕に、王妃る人物は彼女以外にいないのだと周囲は笑みを零すのだった。