愛とか恋とかどうでもいいからこっちへおいで

メルクストーリア

リベルディとエストレシアの不健全な話


 夜闇の合間をすり抜けて、彼女はいつも唐突に訪れてくる。その姿を見るたびに、まるで嵐のようだと私はいつも思うものであった。ふらりと何の連絡もよこさず現れては、私に甘い憂鬱の種を植え付けていく。
 私の軍服を脱がしながら、この時がとても興奮するのだと言っていたこの女の考えはまるで分からない。胸元を開いた時に立ち上るむっとした熱気が、秘されていたものを自らの手で暴いているようで、わくわくするのだとか。秘境で見付けた宝箱を開ける時のような感覚に似ているらしいが、そんな経験は私にはない。
 私の肌の上を滑る手はひどく優しい。彼女との行為は、いつもとても優しかった。壊れ物を扱うかのように繊細に触れる指先が、柔らかな唇が、思考を奪い、私の輪郭を溶かして境目をあやふやにしていく。
 私が私でなくなるような感覚が、私はいつも怖かった。他のことなど何一つ考えられなくなり、ただ耽溺していく。こんな私は私ではないと否定したいのに、襲い来る法悦の波濤が何もかもを浚っていくのだ。
 それなら手酷く扱って傷付けられる方がまだよかった。この時だけいつもこの女は優しくて、それが私は恨めしい。気まぐれに同衾するようになってから、私にはいつも鉛のような後悔が付き纏っている。忘我の縁でぐずぐずに蕩けた頭の片隅で、いつもぽっかりと開いた決して埋まらない空洞を持て余しているのだ。それが私達らしいと彼女は言っていたが、その言葉の意味するところを私は未だに聞けずにいる。
 どれだけ彼女を渇望しようが、手に入らないことは自分が一番よく知っていたというのに。もしも自分が男で、彼女にその種を芽吹かせることができたとしたら、彼女を繋ぎとめることはできるのだろうか。ふとそんなことを考えて、自嘲した。きっとそれでも、全く彼女を繋ぐ枷にはならないのだろう。彼女を繋ぎとめられるような存在など、どこにもありはしないのだ。彼女自身がそれを望まない限り。
「……ひどい女だ、お前は」
 言いながら鎖骨に噛み付くと、眼帯に覆われていない右目が僅かに眇められた。ざまあみろ、とほんの少しだけ気持ちが晴れる。そんな女と知りながら、こんなことを続けているのは私なのだ。この行為の行きつく先も分からぬまま、ただぬかるみに沈んでいくかのように、溺れ続けていく。
 不毛だと知りつつ捨てられないこの気持ちを、なんと呼べばいいのか、私はまだ知らない。