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銀雪クリア記念に書いたもの
ガルグ=マクはフォドラの見張り塔だ。三国の動きをつぶさに見つめ続けてきた。しかし今、映る景色は国境をなくした斑らな焦土だ。アドラステアも、ファーガスも、レスターも、全てが戦塵に消えてしまった。教会もレアという梁を失い、フォドラの奥底で蠢いていた黒き岩漿も潰えた。何もかもがなくなった。
グロンダーズの会戦で、国を問わず多くの人が、生徒が死んだという。その場に立ち会っておらず、報告を耳にしたのみなので仔細は分からない。ただ、死んだという事実を聞いただけだ。混迷の大地は指導者を求め、フォドラを救った英雄という大層な肩書きと共に、この身は統一王国の国王に据えられてしまった。
随分と遠くまで来てしまった。傭兵としてジェラルトとフォドラを巡っていた頃が遠い昔のことに思えて懐かしく、夢を見ていたかのようにすら感じられる。
全てが夢の跡となったこの大陸を見ていると、ふと考えることがある。それは抱くことが許されないものだと知っているので決して口には出さなかったが、国王という立場を通じて世界を見つめるうちにその念は強くなっていくのだ。
フォドラでいっとう高い場所に立ち、世界を見下ろす。許されないことであると、どうにもならないことだとも分かりつつも、国王は独り迷いを抱いていた。
「あんた、ずっとここにいるよな」
背にぶつけられた声に振り返る。挑むような視線が、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。彼が立っていたことに気付かなかったのは、思考に溺れていたからか、それとも気配を消す術が巧みであるからか。
「呼びに来てくれた?」
フォドラ全土で混乱は続いている。何か起きたか、急ぎの報告だろうかと当たりをつけて問いかけるが、来訪者──ユーリスは微かに眉を顰めると首を振った。
「いいや、あんたはむしろ働き過ぎだ。ここに来たのは、俺個人の用事だよ」
彼個人の用事となれば、地下に関することだろうか。便宜を図ってはいるが、どこに対しても手が行き届いていない状況であるので、何か見落としがあるのかもしれない。そう考えたのだが、どうも答えは違うらしいと鋭く突き刺すような視線に思い直す。どこか張り詰めた空気を纏いながらユーリスは口を開いた。
「あんたが何を思い詰めているのか、そろそろ話してもらおうかと思ってね」
彼の態度が、逃がすつもりはないと言葉なく告げていた。気付かれていたのかという驚きと共に、観念する。これまでの行いと、その立場故に決して表には出していけないと戒めていたその思いを、恐る恐る言葉にして──伝えた。
「ここにあった何もかもがなくなってしまった。この景色を見ていると……この選択が、行いが、本当に正しかったのかと考えてしまうんだ」
それは、新生軍として皆を率いてきたからこそ許されることのない考えであった。これまで共に歩んでくれた者達の全て否定する、この上ない侮辱である。だからこそ、考えてはならないと、表に出してはならないと律してきた。それでも考えてしまう。答えなどないと、今更どうすることもできないのだと知りながら。
「正しさなんてもんは一番当てにならねえ尺度だろうが。正義なんざ言ったもん勝ちだ。だから互いに武器を翳して殺し合う。それでも王様が正義に拘るってんなら、ここにいる悪党を処さなきゃならねえだろ」
さっぱりとした清々しい物言いは、心地良くも遠慮なく胸を刺す。彼の言う通り、正しさに拘るのなら一切を許してはならない。分かっているのだ。正しさという曖昧で形のない衣の下に隠されているのは、世界を背負うことへの重圧だ。不安なのだ。様々な夢と願いを礎として、それだけの価値ある国を築けるのか。
「……そうだね。多分、怖いんだ。犠牲に見合った国にできるのかが」
いずれにせよ、今の自分の立場で口にすることは許されない言葉だった。上に立つ者が堂々としていなければ、その下につく者は安心できず信頼も置けない。
慎重に告げた言葉に対して、ユーリスは額に手をやると、眉を下げて重い溜息を零した。鮮やかに彩られた瞼が伏せられ、恨みがましげな視線が向けられる。
「あんた、そんなこと考えてたのかよ……。いや、気付けなかった俺も悪いか」
幼子を諭すように目線を合わせ、ユーリスは意志の強い瞳で見つめてくる。視界いっぱいに藤色が広がる中、揺らぎのない明朗な声音が言い聞かせる。
「いいか、あんたは女神様じゃねえ。死んだ奴を救うことなんてできやしねえ。犠牲に見合う国ってのは一体何だ。あんたが作るのはこれからを生きる奴の国だろうが」
何をすれば礎となった者達に報いることができるのか、分かるはずもない。彼らの抱く夢を、願いの先を自分は知らないのだから。分かっていたことなのに思い知らされる。出来ることは自分がより良いと思う世界を実現することだけだ。
「正しさが必要なら……俺様に夢の先を見せてくれ。あんたならできるだろ?」
貧しさや些末な理由で落命する者がない未来を彼は願った。大事に夢を抱えた手を差し出し、共にやり遂げてみせろと叱咤する。それに応えずいられるものか。
緩慢に頷くと、ユーリスは笑った。まるで勝てない賭けはしないとでも言うかのように。