明日、明日、明日。

FGOベディぐだ

「ベディ! ベディ!」
「はい、ここに」
 慌ただしく己を呼ぶ声に騎士は何事かと飛び出した。
 馳せ参じた彼の前に突き付けられたのは、黒と白を基調とした執事服である。突然のことに理解が追いつかずに固まっていると、主たる少女は手にした衣装について語る。
「ダ・ヴィンチちゃんにお願いすること苦節数年……ようやくベディの衣装を作ってもらうことができました! おめでとう!」
 自分の預かり知らぬところで主人は一体何をしているのだと嘆息したい気持ちをぐっと堪える。物資があまり潤沢でないことはダ・ヴィンチも理解しているだろうに、このようなことにリソースを割いてしまうとは、勿体ないにも程がある。
「あの、マスター……」
 諫言を発しようとした口はそのまま止まってしまう。どこか不安げな瞳が、じっとこちらを見上げている。これ以上言葉を発することは憚られて、ベディヴィエールは口を噤まざるを得なくなってしまう。
「……ダメ?」
 認めよう。ここにいる者達は皆、立香に甘い。そしてそれは自分も同じであるのだと。
 普段から特異点や異聞帯、その他奇妙で珍妙な世界へと駆り出され、奔走する姿を知っている。だからこそ力になりたいと思うのだが、そういった思いとは別に、彼女はどうにも庇護欲を掻き立てるというか、何かをしてやりたいと思わせるような部分がある。
「駄目では……ありませんが……」
 戦う前から騎士は負けていた。ベディヴィエールの返答に、立香は曇らせてい顔をぱっと輝かせる。これが見たいからこそ、彼女の願いに応えようとしてしまうのかもしれない。ふと思う。
 万能の天才は新たな発明への興味や好奇心もあったのかもしれないが、何より立香の期待に応えたいと思ったのだろう。執事服を受け取った時の立香の姿を考える。成程これは断れないと感じながら、ベディヴィエールはダ・ヴィンチの傑作たるその衣装を受け取るのだった。
「お嬢様、本日の茶葉はキャンディでございます」
 恭しく頭を下げるベディヴィエールに、立香は落ち着かない様子で視線を泳がせる。かっちりとした衣装に袖を通したベディヴィエールは、まるで執事がそうするかの如く甲斐甲斐しく立香の世話を焼き始めたのである。
 立香の目の前にあるテーブルには澄んだ琥珀色の水色を湛えるティーカップが行儀良く鎮座している。茶請けとしてスコーンまで添えられており、気分はさながら貴族のようであったが、平民である立香がその環境に落ち着けるはずもない。元来、彼女の性格は人を使役するには向かないのだ。慣れぬ状況に、立香はついに音を上げた。
「ベディ……それ、楽しい……?」
 おずおずと立香が問いかける。それは愚問と言えるだろう。
「ええ、とても」
 淀みなく告げれば、立香は呻きと共に言葉を詰まらせた。こうなってしまったのは彼女自身が蒔いた種である。立香もそれを分かっているのだろう、何か言いたげな素振りを見せているが、それが音となることはない。
「マスターのお傍に置いて頂けることこそが、私の喜びなのです」
 微笑みを浮かべるベディヴィエールに対し、立香の表情は少し不満げである。
「ベディはもっと、我儘になっていいんだよ」
「我儘……ですか」
 それは考えてもみない内容で、ベディヴィエールは首を傾げる。我儘と言っても、この身はもう相当身勝手に生きてきたように思う。これ以上など、望むべくもない。
「私だって普段ベディにあれこれ我儘言ってるんだから、ベディもそうするべきだよ。私を好きにしていいの!」
 そう言われてすぐに思い付くはずもない。しかし、立香から向けられる期待に満ちた視線にも応えない訳にもいかない。我々はどうにも彼女に甘いのだ。
「では、明日もこうしてお茶を淹れさせていただいても?」
 問いかければ、立香がそれは我儘ではないと首を振る。彼女にとっては何でもない明日だろうが、それを約束して貰えるということがどれ程贅沢なことである彼女は知らない。
 あと、どれだけ隣にいられるのか。執事は静かに瞑目した。