命を繋ぐ

FGOベディぐだ

「さて、では火を起こしましょうか……」
 呟くベディヴィエールは、その腕に息絶えた獣を抱えている。川の水にさらし、血抜きをしておいたそれは、立香の知る動物の姿をしていない。所謂、魔物の類である。それは今夜の食糧であった。
 隣を歩く立香もまた、両手いっぱいに野草を抱えている。それらはベディヴィエールの指示のもと集められたものである。立香の目には違いが分からぬ植物であっても、ベディヴィエールの目はその僅かな違いを見落とさない。葉先の形が違うのだと告げられて、立香は己が摘もうとしていた野草が食用には適さないものだと知った。
 その些末で大きな違いが面白くて、立香は自身が手にした野草の名前を問うてみる。ベディヴィエールは暫し考え込むと、覚えていないという答えと共に眉を下げるのだった。
 その草の名を『知らない』のではなく『覚えていない』のだという。その言い回しが妙に引っ掛かった。胸の中に蟠るものを感じながらも、立香はその思いをうまく形作ることができずにいる。
 慣れた様子でベディヴィエールは火を起こす。摩擦熱を利用した発火法はひどく手間がかかると思っていたのだが、その手際はとても鮮やかであっという間に煙が立ち昇る。
「息を吹き込んで頂けますか?」
 その頼みに、立香は力強く頷いた。自分に魔術の才があれば、手間をかけずとも容易く火を点けられるのだろう。しかし、立香には強く木片を擦れる腕力も、効率的に火を起こせる技量もない。あるのは火を起こすまで決して手を離さない諦めの悪さだけだ。
 少しずつ焦げていく木片に、立香は息を吹きかけて勢い付くよう促してやる。これでいいのだろうかと見上げれば、お上手ですよと男が笑う。果たしてそれは本心からの言葉だろうかと訝る気持ちが芽生え始めたところで、焦げ付いていた樹皮が煌々と赤く光り始める。更に息を吹き込み、燃料となる枝を添えてやれば、火は緩やかに燃え上がる。その光景は、立香の胸に淡い興奮を齎していった。
 自分にもできることがあったのだと、ゆらゆらと揺れる火の中に枝葉をくべる。石でぐるりと囲われた基礎の中で、温かな炎が燃えている。その勢いが安定したのを見届けて、ベディヴィエールは脇に置いていた獣の肉に刃を差し入れた。
 皮を剥ぎ、関節から少しずつ解体していく。すっかりと構造を熟知した手は、淀みなく生き物を肉塊へと変えていく。
 隣でその様子を見守りながら、立香は切り分けられた肉を眺める。こうして元々の形が分からなくなってしまえば、何の肉であるのかは分からないものである。どこか不思議な気持ちで、立香はそこにある肉塊に触れてみた。
「あっ」
 それを目にしたベディヴィエールが、焦りを孕んだ声を発した瞬間──
 ぶし、という音と共に肉がひしゃげる。肉の上に張っていた薄い膜を破って、得体の知れない液が溢れ出す。
「そこには肝があって……その……」
 立香は口元を覆った。強烈な臭気が漂い、自らが犯した失態を知る。頭を垂れる立香に笑ってみせると、ベディヴィエールは拾ってきた野草を並べ考え始める。
「この葉と実を一緒に煮込んで、味付けを少し濃くすれば、恐らく……」
 そうしてベディヴィエール指示のもと、立香は得体の知れない肉を馴染みのない葉とよく分からない実と共に煮込む。味の予想など全く付かないが、ベディヴィエールには道筋が見えているらしい。
 出来上がった訳の分からない料理を器によそうと、存外まともな見た目に仕上がってしまった。名も知らぬ野草のサラダのようなものを添えれば、簡素ながらも立派な食事である。焚いた火の前に座し、二人きりの食卓を囲む。
 恐る恐る謎の肉の煮込みを頬張ると、予想に反して強烈な臭みはかなり薄れていた。それでも抜けきらぬ臭いを紛らすように、形容し難い香りが舌に広がる。
「うーん、やはり消し切れませんでしたか……」
 ベディヴィエールは困った様子で肩を落とすが、あの激烈な臭いを考えると劇的な変化を遂げたと言える。ありのままを告げれば、彼は礼を告げながら微笑む。
「少し長く生きてきたので、食べられる程度のものを作るのは得意なんです」
 それは、彼自身が生きるために得た知識の集積である。食べられるもの、食べられないもの。いかにすれば食べられるようになるのか。それを奢ることなく、食べられないことはないが決して美味とは言い難いそれを噛み締め彼は呟く。
「ああでも──誰かと食べる食事とは、やはり良いものですね」