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※ディミトリが先生以外と結婚してる
「紹介しよう、この人が俺の──先生だ」
初めてその人を目にした時、綺麗な人だと思った。顔立ちが整っていることもあるが、彼女が纏う空気──純粋さや透明感、何にも汚れていない無垢で清純な美しさがそこにあった。これが大司教たる人物であるのかと、浮世離れしたその雰囲気に圧倒されたことが記憶に残り続けている。
久し振りの再会を喜び合う二人から感じたものは、立ち入ることのできない親密さである。ただ会話をしているだけなのに、その濃密な空気に圧倒される。
互いの瞳には互いの姿だけが写っており、私は彼があんなにも熱の籠もった目をしているのを初めて見た。私の知らない姿を、彼女はいとも簡単に引き出してしまう。そのことに、愕然とした。屈辱とも、悔しさとも言えない、ただ単純な『敵わない』という思いが胸を占める。
その時、『出会わなければよかった』と、そう思ってしまったのだ。私が彼女と出会わなければ、或いは彼女と彼が出会わなければ、と。それは出口の見えない回廊の始まりであった。
私はその女性に、永劫苦しめられることになる。
私と彼は夫婦である。国王たる彼を支えるべく、名門貴族たる私が抜擢されたのだ。彼はとても良くしてくれている。良き夫であろうとし、愛されていると感じる。だからこそ、私も良き妻でありたいと願い、彼を愛しく思うのだ。
だからこそ、気付いてしまう。彼が『先生』に対して特別な感情を抱いているということに。
あの日二人の仲睦まじい様子を目にしてから、私の中身はひどく歪に歪められてしまった。彼の愛情は疑いようのないものであると分かっているはずなのに、割り切ることのできない自分がいる。
彼が『先生』に贈る書状をしたためている時、とても穏やかな表情をしていることに気付いてしまった。その姿を見つめる眼差しの優しさを知ってしまった。
一度、耐え切れずに大司教へ不義を問いただしたことがある。不敬と咎められてもおかしくない行いであったが、それでもいいと思った。いっそ破滅すれば清々しい気持ちになれるのではという自棄である。
「誓って、そのようなことは」
ただ一言、それだけを告げて大司教は膝を折った。
疚しいことなどないとは、夫を見ていれば分かることであった。だが、問わねば気が済まなかったのだ。
彼は常々、先生には大切なことを教わったと言っていた。どうしようもない自分の隣に立っていてくれて、返し切れないほどの恩があるのだと。
その時、傲慢にも思ってしまったのだ。そこに立っているのが、自分であればと。考えたところでありえないことであり、意味のないことであると知っている。それでも考えてしまう。昏い気持ちが溢れ出してしまうのだ。
こんな気持ち、知りたくなどなかった。だが、知ってしまったのだ。惨めだ。ひどく、惨めだ。こんな思いを抱いてしまった自分に嫌気が差す。
大司教は澄んだ目でこちらを見つめていた。まるでその罪を審問するかのように、ただ真っ直ぐに。
そうして会談のため再び王都を訪れた彼女は、結婚をしようと思うと何の前触れもなく告げた。近くの街に出かけてくるとでもいうような調子で齎されたその宣言は、夫どころか私まで驚かせる。
「先生が結婚か……何だか実感が湧かないな」
「身を固めてはどうかと以前から言われていてね」
夫の言葉に、彼女は淡々と答える。その反応を訝る夫の隣で、私は一つの確信を抱いていた。この人は、目の前の男の名誉を守るために、私の信頼を得るためだけに婚姻という事実を作り上げようとしているのだと。
放っておけばいい。彼女が誰と結婚しようと私には関係ない。夫たる人物がいればみだりに彼と繋がることもあるまい。そう思うのに、私は『それは地位を得たい者が群がっているのでは』と諫言を発していたのだ。
彼女はその丸い目を瞠っていた。当然だろう、まさか私がそれを止めるとは思うまい。自分だって信じられないのだから。
「お前自身が望んでのことならいいが、俺は先生が幸せになる姿を見たいんだ」
どうなんだと問う声音に、彼女の目がちらりと向けられる。最大の機会を逸してしまうぞと告げられている気がした。ああ、私は。彼女が羨ましくて堪らないのだ。認めよう、彼女に嫉妬していると。
私はただ、彼の一番になりたくて──なれなかった。ただ、それだけなのだと。
それは、未来永劫この身を焼く煉獄の炎であった。