夢十夜

FGOベディぐだ

 夢を見た。
 夢と言うには鮮明で、現実と言うには曖昧なその情景。それが夢だと思ったのは、立香の記憶にその景色はなく、目を開けた時に見知った天井があったからだ。
 夢の中で、立香はただひたすらに歩いていた。名も知らぬ荒野を、ただ歩き続けている。歩けども歩けども果てはなく、立ち止まることはない。自分が一体どこへ向かっているのかすらも分からぬまま、立香はただ歩く。いい加減目的地に辿り着いてもよいのではないかと思い始めた頃、立香は束の間の休息を取る。
 火を焚き、湿った土に腰をかけて天を仰いだ。満天の星空だけが立香を見下ろしている。星々に見守られながら、立香は一人眠りに落ちるのだ。
 夢の中の立香が眠りに落ちると、現実の立香が目を覚ます。それは実に不可思議な感覚であった。夢と現実は地続きで、二つの世界を行き来するごとに境界線は曖昧になっていく。危うさを感じながらも、立香は夢の続きが気になっていた。
 夢とは記憶を整理し収納するために見るものらしい。ひたすらに続くこの景色は、立香が経験してきた人理を巡る旅の一部であったものなのだろうか。
 今日も立香は歩き続ける。ずっと歩き続けて、ようやく町に辿り着いた。ああ、長かった。これまで歩いてきた道のりを思い出し、苦労が実ったのだと思ったのも束の間。立香は町を一度ぐるりと巡ると、何をするでもなく後にする。そうして再び、今度は森の中を歩み始める。
 どうして、と溜息をつきたくなる。どこに続くのかも分からぬ道を、立香はただひたすらに歩き続ける。もう何度、それを繰り返してきたのだろう。
 夢を見るうちに、立香は一つ気付いたことがある。この旅に目的はあるが目標はないということだ。どこに行けばいいのか分からないまま、その『どこか』を目指して標のない道をひたすら歩む。それはなんて不毛で、途方もなくて。だが、夢の中の立香は目の前の道を行く。決して立ち止まることなく歩み続けている。
 きっとこの夢の中にいる自分は自分ではないと、立香は薄々感じ始めていた。こんなにも途方のない旅路を歩み続けるなど自分にできるとは思えなかった。ただ一人、どこにも至ることなく歩き続ける。それはまるで、石を積んでは崩し続ける賽の河原のようだと思うのだ。
 立香はまた夢を見る。知らぬ場所を歩いて、歩き続けて、日が落ちた頃に疲れた体を眠りに委ねる。夢と現の狭間で、立香はそこにあるはずのない物を見た。
 ああ、やはり──そう思いながら、現実の立香が目を覚ます。
「おはようございます」
 いつもの天井が映る。横たわった姿勢のまま首を横向けると、こちらを見つめる騎士の姿。むくりと身を起こすと、寝乱れた不格好な姿のまま立香は手をこまねく。主の呼びかけに応じて近付いてきた騎士を、立香は力いっぱい抱き締めた。
「怖い夢でも見たのですか?」
 ううん、と立香は首を振る。今は一秒でも早く、この男を抱き締めたかった。言葉にできない思いを乗せて、背に回す腕の力を強くする。
 立香よりも幾分か大きな手が、小さな背を撫でさする。何度も優しく触れていくその感触に、無性に咽び泣きたくなった。
 立香が見ていたものは本当にただの夢なのかもしれない。目の前にいる男にそれを聞いても、答えは永劫分からないままなのだろう。彼が見た景色を、その道程を、立香は理解することができないからだ。
 これから毎夜同じ夢を見たとしても、彼が見てきたものには到底及ばない。立香はその旅路を想像することしかできないし、想像すら及ばない。
 それは彼しか知ることができないものだ。
 だからこそ、独り善がりであろうとも立香はその体を強く抱き締める。愚直に歩き続けたこの男を、その在り方を、愛おしいと思うのだ。
 言葉なく告げる「よく頑張ったね」は決して伝わることがないのだろう。彼の旅路は彼にしか分からぬように、立香が見た景色も立香以外には分かり得ない。そこにあるはずのない聖剣を毎夜抱え眠る姿は、立香だけが知っている。