菫の花は三度死ぬ

FGOベディぐだ

聖杯を特異点から引き上げられるなら、あの『土塊』も持って帰れない道理はないのではという話


 彼女の部屋には鉢植えがある。一体いつからあるのかは分からないが、彼女の部屋の隅で静かに鎮座している。そうして彼女はいつも水をやり、手をかけているのだがその鉢から何かが芽吹いた姿を見たことはない。
「今回は何を植えるのですか?」
「菫だよ」
 慣れた手つきで種を土の中に埋めながら、立香が答える。水をやり過ぎないよう状態を見極めて、土の表面が湿る程度に留める様子は初心者のものでない。だというのに、彼女の鉢が一度たりともその姿を変えたことがないのは純粋に疑問だった。
「綺麗な花が咲くとよいですね」
 今度こそ、という言葉は飲み込んだ。毎回続く『今度こそ』は辟易させかねないと思ったからだ。今度こそ芽が出て、美しい花が咲けばよいと願うが、頭の片隅では今回も種が芽吹くことはないのだろうという諦念が付き纏っている。
 種の残りを片手に、そうだねぇと立香が気のない返事をする。彼女もまた、この種が芽吹くことはないと確信しているのだろう。毎回種の余りは冥界の女神が管理する花壇に寄贈されているのだが、今やそちらの方が色とりどりの花を咲かせている。咲くことがなかったその色を、私達はそこで目にするのだ。
 種そのものに問題がないのだとすれば、芽吹かぬ原因は環境にあるのだろう。カルデアに日差しなどという概念はないが、それでも花壇の花は咲いているあたり問題はそこではないはずだ。育て方に問題があるのかもしれないが、鉢植えの世話をする立香におかしな様子はない。だとすると、原因は自ずと絞られる。
「土を変えてはどうでしょう」
 土壌が死ねば、作物は育たない。園芸にはあまり明るくない身ではあるが、民の食糧事情を勘案するため最低限の知識だけはある。土地が痩せ細ってしまえば作物は作れず、それは生死に直結する危機となるのだ。
 立香の鉢も同じ状態なのではないかと推測し、ベディヴィエールは提案してみたが、当の立香の反応は芳しいものではなかった。んー、と暫し考え込んでから、別にいいかなぁと零す。
「まあこれは、願掛けみたいなものだから」
 そう言って立香が笑う。それは決して朗らかな笑みではなく、どこか遠くを見つめ、想うような寂しげな微笑であった。恐らくきっと、彼女にとってこの鉢は大切なもので、私の知らぬ何かが詰まっているのだろう。
 甲斐甲斐しく世話をするが、それほど執着した様子を見せないのが不思議であった。鉢に種を植えるがその後はまるで他人事で、芽が出なくても落胆した様子もない。実に不思議な関係性であった。
 もし、いつかこの鉢に蒔いたものが芽吹いた時、一体立香はどんな反応をするのだろうと考える。喜色満面に微笑むのだろうか、という思考は即座に否定された。きっと、彼女は顔色一つ変えずに、いつも通りに世話をするのだろう。
「どうして育たない鉢に手をかけるのですか?」
 淡々としていながらもどこか気味の悪い状況に、問いかける。何故、立香は咲かないと分かっている花の種を植え、水を与えるのか。彼女が見ているものを知りたかった。立香が振り返る。そうして何故か、彼女は私の足元に視線を落とす。
「……内緒」
 口元に指を立て、立香は曖昧に笑った。
 瑞々しい菫の花が、鉢の中で芽吹くことなく死んでいた。