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穴を掘る。より大きく。より深く。
湿った土はずしりと重く、疲労を訴える腕をただ苛む。掘り返すごとに地中から漂う歴史の積層の香は強く濃くなっていくが、生臭い鉄の臭いが薄れることはない。二つの臭気が混ざり合い、ベレスを遠い場所へと運んでいく。
「師、亡霊に引きずられないように」
遅れて合流するとだけ告げた時、女帝は毅然とそう言い放った。だが、決してベレスを止めようとはしなかった。彼女も心の底ではこうしたいと思っていたのだろうか。考えながら、穴を掘る。
一面に転がっているのは生きていた人間達だ。全てが等しく息絶えて、天を仰ぎ地に伏している。
今まで、彼らは皆ひっそりと引き取られ、帰るべき場所に還り眠っていた。しかし、ここにいる彼らに帰るべき場所は存在しない。それは自分達が奪ったものであるからだ。
傍らにある、寄り添うようにして倒れている二つの死体を見遣る。褐色の巨躯の下で、金の髪がたおやかに広がっている。ベレスは一人重い土を持ち上げる。
穴を掘る。より大きく。より深く。
その体を穿ったのはベレスであった。英雄の遺産とは強力無比な力であり、比肩し得る者は限られる。英雄の遺産の使い手として、ベレスは天帝の覇剣を携えてその戦技を揮った。心臓を燃やし、命を尽く奪っていった。
知った相手を斬るのは初めてではない。自らが選んだのはそういう道であると理解している。志半ばに倒れた戦士達を弔ったのは、もう数えきれないほどだ。だが、かつて学舎を共にした生徒達を葬るのは初めてのことであった。今までは、彼らにも帰るべき場所があった。連れ帰ってくれる人がいた。それはもうない。
一人ずつ、埋めた。
必死に掘った穴を悲壮に埋めた。掘り返した土を掘っただけ被せた。何度も何度も、同じ作業を繰り返し続けている。まるで贖罪をする罪人のように、ただ穴を掘っては埋めている。
郷へと帰してやりたい気持ちはあったが、行軍に彼らを乗せてやれる隙間などない。葬儀も行えない。そもそも、これから王都を攻め滅ぼそうという葬列に彼らが加わろうとはしないだろう。ただ静かに、荒れ果てた野に眠るだけだ。
その体を抱え上げた時、彼の体はこんなにも軽かっただろうかと考えた。そうして、元より自分はその重みなど知らないのだということに思い至る。途端に胸が締め付けられるように苦しくなり、愕然とした。ふと覚えたこの疑問を、確かめられる術など存在しない。この腕の中にいる彼が生きてでもいない限り。
彼の命は間違いなくこの手で奪ったものであり、体に宿っていたはずの温もりは完全に消え失せている。そのことを悲しいと思いこそすれ、後悔しているかと言われれば答えは否である。たとえ時を遡ったとしても、何度だって彼を殺し、こうして埋めるのだろう。それが自分の選択だ。
王の体を横たえる。眠る彼の表情はどこか幼くあどけなさすら感じられる。かって士官学校で言葉を交わしていた頃を思い出し、ベレスは瞼を伏せた。如何ともし難い寂しさが、胸の中で澱のように堆積していく。
出会わなければ、知らなければ、きっとこんな思いもすることはなかったのだろう。あの日村を訪った彼の声音を聞いた時から、共に戦い賊を打ち倒した時から、全てが始まった。それらの日々はベレスにとってかけがえのないものであり、決して捨てることなどできないものなのだ。
何かを贈りたくなり、周囲を探るも焦土と化した地には花どころか草すらない。ベレスは自身の懐から硬い感触を探り当てる。名前も知らぬ宝石の花がきらりと輝いていた。肌身離さず持ち歩き続けてきたそれは、ベレスの体温を吸って仄かに温かい。冷たい手に握らせると、二人の温度が溶け合い、混じり合って一つになっていく。
その行為に深い意味はない。ただ、そうしたいと感じただけだった。貴重な品であることは理解しており、父が遺した言葉も覚えている。それでも、後悔は不思議となかった。
穴を埋める。土を被せる。その姿が見えなくなる。
最後の穴を埋めていく。掘り返した土を再び元の場所へと戻していく。ただひたすらにそれを繰り返す。土を被せた部分だけが色濃くなっており、この下に何かが埋まっているのだと主張している。やがてはこの色も馴染んで一つになってゆき、歴史の積層の一部になるのだろう。この土の下にあるものを、そこに埋めたものを知る者はいない。ただ一人だけが知っている。
ベレスは王都へと発った。