その手を掴んで溺死したい

FGOベディぐだ

「おかあさんに、これ、あげる!」
 みんなで一緒に作ったのよ! と続く明るい声音。朗らかな笑顔に、作成過程の情景がありありと浮かんでしまう。少しずつ、楽しい気持ちを込めながら、願いが叶いますようにという優しい祈りを紡いで。時々間違った部分を解いて、もう一度編む。それを繰り返して生み出された、とても純粋で美しい思いの結晶だ。
「これを……私に?」
 貰っていいものか躊躇われてしまって、思わず問いかける。期待に輝く目を瞬かせながら、少女達は頷いた。ああ、なんて眩しいのだろう。小さな手から受け取った物からは、確かな質量が感じられた。それはきっと、込められた思いの重さだ。
 その気持ちが嬉しくて、めいっぱいの笑顔で礼を告げる。これは勿体なくて付けられないなと考えていると、その思考を読んだかのように付けてね、きっとよ! と言われてしまえば付けざるを得ない。いつか身に着けたそれを見たいとせがまれた時、悲しい顔をさせるのは立香とて本意ではないのだ。頷いてみせると、少女達は喜びのままに立香の周りをくるくると周ってから走り去っていった。
「何を貰ったのですか?」
 その光景を見ていたのだろう。立香に付き従う影は手の中にあるものを興味深く覗き込んでいた。すらりと伸びた体を屈めると、絹糸のような髪が揺れる。電灯の明かりを受けて柔らかに艶めく様子に、天使の輪とは言い得て妙だと思った。
「ミサンガだよ」
「ああ、切れると願いが叶うという」
 彼に与えられた知識の集積が、その情報をごく自然に引き出させる。立香と同じように、これを編んでいる時のことを考えたのだろう、ベディヴィエールは新緑の瞳を微笑ましげに細めた。
 無くしてしまわないように早く着けてしまおうと、立香は己の手首に願いを編んだ紐を掛ける。結ぼうとしてみたが、これがなかなか片手ではうまくいかない。
「あの、よろしければ着けましょうか」
 焦れる立香を見かねたベディヴィエールが控えめに提言する。立香はどきりと胸を喘がせた。彼に頼めばすぐに終わることは分かっていた。だが、知っていてそうしなかったのだ。断る理由はなく、何よりここで拒むのは不自然だ。観念した立香はお願い、と自身の腕を差し出す。傍らの騎士は優しく顔を綻ばせると、主の願いを叶えるための願を懸けるのだ。
 柔らかく温もりをもった指先と、硬く冷たい義肢が、交互に立香の肌の上を滑っていく。むず痒いような痺れが、皮膚から電流となって胸へと流れ込み、立香の鼓動を速くする。熱い血潮が何度も全身を巡り、体が火照っていくのが分かる。ただ指が触れただけで、体がおかしくなる。心が乱れる。それがどうしてなのか分からない歳ではない。しかし、この感情の正体が分かってはいても、御する方法など知りはしないし、飲み込んでしまえるほど大人でもないのだ。
 子供とは言えず大人にもなりきれない。中途半端なこの身は溢れる感情の波に浚われ、飲み込まれ、翻弄されている。どうすればいいのかが全く分からない。出口のない回廊を歩かされているかのようだった。
「痛くはないですか?」
 結び目を作りながら、ベディヴィエールは慎重に立香を慮る。頷くと、作業を終えた手が離れていく。そのことがどうしようもなく寂しくて、恋しい。痛いと言えばよかったと、狡い私が遅れて気付く。ああ、もう、どうしようもない。
「きっと、叶いますよ」
 善意しかないその言葉。向けられる甘やかな微笑み。その全てが嬉しく、愛おしく、腹立たしく、憎らしい。襲い来る波濤が、あっという間に立香を激情の波間へと引きずり込んだ。荒れ狂い、四方八方から打ち付ける衝撃に前後不覚になる。どうしていいのか分からず、引き裂かれそうになった心が軋む音が聞こえた。
「嘘つき」
 零れ落ちたその恨み言は、空気を震わせることなく雲散霧消していく。彼に向けるのは間違いだと理解はしている。だが感情が追い付かない。諦めたくても諦めきれないものを肯定される気持ちなど彼には分かるまい。もし、この想いを知っていて発したのなら、あまりにも惨い仕打ちではないかと思ってしまう。
 恋とはもっと、素晴らしいものではなかったのか。数多を知ってきた英雄達は、愛おしくその思いを語っているではないか。何故、私の気持ちは血を吐くように苦しいのだ! 人を愛するという気持ちは、美しいものではなかったのか!!
 結び目を撫でる。恋など知らなければよかったと割り切れない私が泣いている。どうか、これが切れませんように。切れなければ、希望を持っていられるから。